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佐倉先生と新しい友達
「お前、車は?」
見れば少しだけ汗をかいてる佐倉に、まさかわざわざ走って追いかけてきたのかと思う。
「置いてきたよー。もうここまで来ちゃったから、このまま歩いて送るよ」
「………………」
なんだか、さすがに申し訳なく黙ってうつむいてしまう。
家まで歩くならまだまだ時間あるし、送らなくていいのに。
「そんな顔しないでよ。
最近運動不足だったからちょうどよかったよ」
どんな顔をしてると言うのだろう。
自分ではよくわからないけど、佐倉にわしゃわしゃ頭を撫でられ、なんとなく振り払えない。
「………さわんじゃねぇっての」
「うん?でも振り払われないんだ?じゃあ調子のって手とか繋いじゃお」
楽しそうに笑って、言った通り手を引かれる。
さすがに男同士で手繋ぐとかねぇだろ。
「きもい!」
ばっと振り払うと、佐倉はやっぱり笑うだけ。
なにがそんなに楽しいって言うの。
「ほら、早くいこう?動かないならだっこでもいいよ?」
「あほか!気持ち悪い!あほ佐倉!」
「うんうん。純也はそうでなきゃねぇ。
あとでルリくんにちくって怒ってもらおーっと」
こいつこれでも教師かよ。
先に歩き出す佐倉に文句を言いながら追いかける。
送られねぇよばーかって走って逃げたあとだから、なんとなく癪だ。
「純也、いま二人っきりだから聞くけど、最近どうなの家ではうまくいってる?」
隣にならんで歩いて、佐倉が俺の顔色を伺うように首をかしげる。
こいつのこーゆーとこ、本当に嫌いだ。
「家のこととか、どうでもいいだろ。
担任ってそんなこと気にするのまで仕事なのかよ、大変だな」
皮肉を込めて鼻で笑うと、佐倉が困ったような愛想笑いをする。
うちは母子家庭で、母親はキャバ嬢だ。
俺を16で生んで、ここまで育ててくれたことには感謝してるし、愛情だって貰ってる。
でも、男はころころかえるし、家は散らかってるし、飯は菓子パンひとつとかざらだった。
だらしないところはあるけど、俺は今が不自由だとは思ってない、はずだ。
「…………っ」
なんとも言えない気持ちが込み上げて、下唇を噛む。
佐倉はたまたま俺が学校で熱でぶっ倒れた時に車で送ってくれて、それからずっと心配してくる。
ちゃんと飯は食ってるのかとか、昨日はなに食ったんだとか。
ああ、なんだか、くやしい。
「───ごめんね」
佐倉が静かな声でそう呟き、俺の口に人指し指をいれる。
ビックリして見上げると悲しそうに笑っていた。
「言いたくないなら、いいから。唇、噛まないで。痛そう」
なんで、こいつは。
放っておいてくれないんだろう。
優しくなんかしないでほしい。
俺は一人に慣れてるんだから。
……慣れて、いたいんだから。
「おま………っくしょん」
沈黙が気まずくて、とりえず文句を言おうと口を開くと同時にくしゃみが出た。
そういえば、もうずいぶん秋らしい気候になって寒い気がする。
うざい二人にいきなり連れ出されたせいで、Tシャツにパーカーだけだった。
「寒いの純也?これ着て」
「寒くねぇよ。いらねぇ」
佐倉が自分が着ていた厚手のカーディガンを俺に渡してくる。
こいつだって厚着してるわけじゃないのに。
優しいのはわかるけど正直いらない。
「じゅーんや。さっき送るって言って素直に送られてくれなかったんだから、これくらい受け取って?」
「うるせぇ、いらねぇ」
「えー?強情だなぁ。あ、じゃあさ」
佐倉はあははって軽く笑って、すこし前にある自販機に小走りでむかった。
ゴトン、ゴトンと、音がして来るっと振り返る。
「これなら受け取ってくれる?もう二つ買っちゃったから」
手には缶コーヒーと、ココア。
なんなんだ、こいつは。
くしゃみひとつで一々さ。
寒いって、一言でも言ったかよ。
「ほら、純也早く受け取って。手、あつい」
仕方なくひとつ受けとることにする。
本当は、コーヒーなんて飲めないけどカッコつけてココアは選らばなかった。
手があたたかくなって、ほっと息をつく。
見透かしたようにクスクス笑う佐倉にまたムカつくいたけど、奢ってもらっといて文句は言わない。
なんでこんなにムカつくのか、自分でもよくわからない。
「純也、お前は色々と強がりだけどさ。
俺、一応担任だからね。なにかあったら、味方になるからちゃんと頼ってよ」
「………なんだそれ。くせぇ」
なにかあったらって、決めつけんなよ。大体、ルリにしてもこいつにしても心配性すぎだろ。
なぜか胸がジンとして、誤魔化すように暴言をはく。
「わー。ひどい。
明日ルリくんに加齢臭が臭いんだよクソジジイって純也にいじめられたーってチクろーっと」
そこまで言ってねぇだろ。
思わず笑いそうになって、うつむいた。
てか、明日も勉強会ってそれ決定なの。
「ルリは、ちゃんと迎えのやつのところまで見送ったの」
「うん?だれかさんが突っ走ってたからね。
追いかけるのでオジサン必死だよ」
ばかかこいつ。
ルリの方が色々巻き込まれそうな顔だろ。
女みたいだし、ちびでひょろいし、かわいいし。
「ルリ優先しろよ。
あいつ三秒目を離したらすぐ誘拐されそうな雰囲気あるだろ」
「うんうん。純也はやさしいねぇ。
でもこーゆーとき俺は純也優先だから、これからは素直に言うこと聞いてね」
「はぁ?なんだそれ。意味わかんねぇ」
「うん、なんでだろうね?」
佐倉が色っぽく、ふっと笑う。
ルリはあれで頭はいいし、しっかりしてるし、俺の方が問題を起こしそうだとか思ってるんだろう。
くそ佐倉め。
俺のアパートが見えてきて、ふと窓を見上げる。
真っ暗な窓に、ああ今日も帰ってきてないとひとつため息をつく。
「ね、純也携帯だして」
「あ?やだよ」
いきなり話しかけてきた佐倉の言葉を即答で断ると、すこしだけ寂しそうな表情になる。
なんだよ。そんな顔すんなよ。
「……何に使うんだよ」
貸すといったわけじゃないけど、探るように聞くと、表情がすこし明るくなる。
「俺の携帯番号教えるから、登録しといて」
「はぁ?いらねぇよ」
理由を聞いても、即答で断る。
また、佐倉はしゅんとする。
あー、もう。
「ほら!これでいいんだろ!」
自分の番号が表示された画面を出して、佐倉にスマホを渡すと、すぐいつものへらへらした顔に戻る。
「純ちゃんやっさしーい」
佐倉はお互いの連絡先を交換して俺にスマホを返してくる。
しゅんとしたさっきの寂しそうな百パーセント表情はわざとなんだろう。
受け取ったスマホを確認すると、「雅人」と登録されていた。
「みや……?みやび、にん?だれだこれ」
そう言うと、佐倉が「えー!」と声を出す。うるさい。
「担任の先生の名前くらい覚えようよ!
みやびにんじゃなくて、まさひと!」
お前かよ。てかなに名前で登録してんだよ気持ちわりぃ。
そう思ったことをそのまま口にする。
「だって俺普段、生徒に連絡先教えないもん。
ばれないように念のためね」
「じゃあ俺にも教えるなよ」
「えー純也はほら、いざってときに頼る人いないでしょ。
お腹すいたーとか、眠れないーとかでいいから、なにかあったら連絡してね」
「バカにしてんのか!」
そういえば、ルリもそんなこと言って連絡先を交換させられた。
こいつら俺のことガキ扱いしすぎだろ。
「要するにお前の番号ってばれなきゃいいんだろ。
ならお前の登録はオカマな」
「えー!まぁ、いいいどさー」
いいのかよ。
しっかりオカマと登録し直して、スマホをポケットにしまった。
「じゃあ、また明日ね。
なにかあったらちゃんと連絡するんだよ」
「なにかってなんだよ。あほか。
明日もねぇから」
俺はこんなにも態度悪いのに、佐倉は笑って今来た道を手を降りながら戻っていく。
そこそこ距離あるのにわざわざ歩いてまでして送って、教師も大変だよな。
手に持ってる缶コーヒーは相変わらず俺の手を温めてくれて、なんだか階段を上る足がいつもよりずっと軽く感じた。
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