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佐倉先生と新しい友達

立てずに物陰に隠れてうずくまっていると、ぺろっと耳に生暖かさを感じてびくっと顔をあげた。 「わん!」 「……………犬?」 答えるように目の前のでかい犬は元気よくわん!と吠える。 ラブラドール?だっけ? 首輪繋がれてるから飼い犬だろうけど、飼い主どこだよ。 「こら!コタロー!すみません、うちの子が……」 きょろ、と顔をあげてそれらしき人を探すと、ちょうどこちらに小走りで向かってくる茶髪の男がいた。 二日酔いでぼやぼやする視界ではよく見えないけど、俺が体調悪いのがわかるのか、言葉を止めて顔を覗きこんでくる。 「……純也………?」 「………は」 名前を呼ばれて、相手をよく見ると佐倉が驚いたような顔で俺を見下ろしていた。 さぁっと血の気がひく。 なんとなく、こいつは未成年の飲酒とか厳しそうだ。 やばい。 体調が悪すぎて、走って逃げることもできない。 「なんでこんな時間にこんなとこいるの?家からわりと遠いだろ」 「………かんけーねぇだろ」 「顔色悪いしさ、大丈夫?」 心配そうに俺の前髪を指であげて、佐倉がぴくっと眉を潜める。 「お前、酒臭くない?」 「……うっせぇな」 「質問に答えろよ」 バシッと顔にかかる手を振り払うと、その手を捕まれてしまい息を飲む。 へらへらした佐倉が怖いくらい真面目な顔で俺を見てくる。 別に、答える義理はないからと黙り込んでるけど、気まずくて目が合わせられない。 「……………とりあえず、俺の家行くよ。体つめたいし、顔色真っ青だし」 「はぁ!?いかねぇよ!」 手を振り払おうとしても、力が強くて振り払えない。 周りを楽しそうにぐるぐる駆け回って遊んでいる犬を呼んでリードを繋ぐと、俺を簡単に担ぎ上げてしまった。 「な…………っ離せ!降ろせよ!くそ佐倉!」 暴れる俺を佐倉が冷たく見下ろす。 なんで、そんな目で見んだよ。 未成年のうちから飲むなんて、みんなやることだろ。 「暴れないで。縛られたくないでしょ」 普段からは考えられない冷たい物言いに黙ってしまう。 結局、頭痛いわ気持ち悪いわで黙り混んで佐倉に連れられてしまった。 歩いて5分ほどの距離にあったマンションにつくと、そのまま家の中に入ってようやくおろされた。 帰りたい。 でも、体調が悪すぎて立ってるのもやっとなのに歩ける気がしなかった。 「そこ座っといて」 どうすることもできず、言われた通りソファに腰かける。 コタローと呼ばれた犬は元気に家中を走り回ってて、なんだか落ち着く。 壁にかけられた時計から、今が6時すぎなことがわかった。 佐倉のやつ休みの日でも普段からこんなに早起きなのかよ。 「ほら、体冷えてるからホットポカリ飲んで」 さっきよりかは幾分か穏やかな雰囲気でマグカップを佐倉が手渡してきた。 いらない、と言いたかったけど、正直喉もカラカラだし、寒いし素直に受けとる。 静かな空間のなかで佐倉がゆっくり口を開いた。 「友達が新婚旅行に行ってて、たまたま預かってる犬なんだけど、今回ばかりは預かってて良かったよ。普段あの時間に俺も公園にいたりしないからね」 へぇ、それは俺もとことん運がないな。 「まさか公園で寝てたとか言わないよね」 「かんけーねぇだろって、言ってんだけど」 「ないわけないでしょ。俺、お前の担任なんだけど」 そういえば、他のクラスは不良や不登校がちらほらいる中、うちのクラスは騒がしいけど穏やかだ。 俺くらいか、問題があるのは。 だから佐倉も、構うのだろう。 つくづく教師なんて嫌な生き物だ。 悔しくてがりっと下唇を噛むと、また指が入り込んできた。 「ほら、噛まないの。 とにかく、純也もう少し自分の容姿自覚して?純也に何かあったら怖いし、心配だからさ」 「……うっふぁい」 うっさいと言ったつもりがやつの指が邪魔で言えない。 心配とか言って、翔さんみたいにめんどくさくなったら捨てるくせにさ。 「ふふ。俺の指なんて噛んじゃえばいいのに、純也は優しいねぇ」 頭を撫でられ、振り払う。 俺が振り払うのわかってて、なんで触ってくるんだろう。 「少し体調回復したらお風呂入りなね。今溜めてるから」 そう言って立ち上がると、どこか別の部屋に言って、ブラウンケットとカーディガンを持ってきた。 それを俺に被せるとふわりと柔らかく笑う。 「あんなとこに一晩いたら寒かったでしょ?」 「うるせぇ、さむくねぇよ」 「そう?まぁ、家で一人でいるの嫌ならさ、俺に電話してってば」 そしたら、なに。 来てくれるの。どこかに連れ出してくれるのかよ。 だとしても、こいつはこうやって自分のクラスの生徒から面倒ごとを起こさせたくないだけで、仕方なくだ。 ………この時、俺は二日酔いでとにかく弱っていた。 酒なんて2度と飲みたくないって思うほど。 あんな風に無理矢理酒飲まされて、捨てられるくらいなら、強かにこいつの立場に甘えてやろう。 たとえ来年担任が変わって捨てられるとしても。 とにかく、一人は、いやだ。 「じゃあ俺がここに住みたいって言ったらどうすんの」 「えっ」 めんどくさいと思ってるんだろう。 佐倉が固まる。 「いや、全然いいんだけどさ。 純也が素直ってなんか珍しいね?まぁ二日酔いの時って無性に病むよねー。だからかな?」 あっさり受け入れられてしまい、言葉につまる。 いいのかよ。それこそ、担任として生徒とここまで親密にするの問題じゃないわけ。 こいつはなに考えてるのかわかんない。 「俺本当に毎晩ここに来るぞ。いいのかよ」 「いいよいいよ。今日みたいに外で寝られるよりずっと安心だし。 純也の体調が回復したらお泊まりセット取りに行こうな」 なんで、こんなに優しく受け入れてくれるんだろう。 めんどくさいって思ってるくせに、楽しそうにして。 なんだか無性にむず痒い。 「純也、朝ごはん作るけど、うどんとかなら食べれそう?」 「無理。せめて雑炊にして」 図々しくわざとわがままを言ってみる。 それでも佐倉は楽しそうに「はいはい」って笑うだけ。 とにもかくにも、多少のぎこちなさは拭えないまま、担任と奇妙な二人暮らしが始まった。 今は秋。 今年度が終わる春までの半年間だけの俺の新しい居場所は、酒の匂いも下品な笑い声も聞こえない、穏やかな部屋だった。

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