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テスト明けの休日

「そんな嬉しそうにされても。タバコだぞ」 千さんがるんるんで歩くオレをふっと笑う。 「なんかこうやって外で二人で歩くだけでもさ、デートっぽいなぁって、うれしいよ」 「お前は本当安上がりなやつだな。たまにはわがまま言えよ」 本当に言ったら全部叶えてくれそうだと思う。 だから、言わないよ。 千さんが与えてくれる幸せひとつひとつをちゃんと当たり前だと思わず噛み締めたい。 「あった」 千さんの声に顔をあげると、ガラス張りで外から見える喫煙所があった。 「煙いから、外で待ってろ。俺がいるところから見える範囲にいろよ」 俺様なくせにさ、本当に面倒見いいんだから。 「はーい。じゃあ、そこのベンチで座って待ってるね」 千さんはオレの頭をぽんぽんと撫でて数メートル先の喫煙所に向かった。 千さんオレの頭撫でてばっか。 オレのノミの心臓はいつまでも馴れないでドキドキしてしまう。 今日、純ちゃん達がいてよかった。 二人きりでデートとか、嬉しいけど緊張しちゃう。 家とはなんだか全然違う。 落ち着こうと、宣言した通り、ベンチに足を組んで座ってスマホをポケットから取り出した。 純ちゃんから連絡が入ってる。 "3階でバイキングの店がある。 そこにするから、ルリ早く来いよ。 30分待ちだけど" なんか。 なんかね。 この子からのメッセージ、和むんだけど。 "えー?30分待ち? じゃあその間千さんとデートしとこうかな" つい、いたずら心でそう返すと、すぐに既読がついた。 "じゃあその間俺はどうすんの。 早く来いよ。ばか" 「ばかって…っ」 つい声に出して笑う。 可愛すぎでしょ。 さっきまでは、千さんとくっつけようくっつけようってしてくれてたくせにさ。 "もう喫煙所見付けたから、すぐ戻れるよー" "おい。バイキングにチョコの噴水があるぞ" そしてこのオレのメッセージをスルーして新しい話題。 そういえば純ちゃん、甘党だもんね。 "チョコフォンデュあるんだ? 楽しみだねー。 純ちゃんめっちゃいい店見つけたね!ナイス!" "まぁな( ´,_ゝ`)" 「ぶっ!!ははは。なにこの顔文字!」 オレはわりとスタンプとか、絵文字使うけど、ずっと文字だけで返してきてた純ちゃんの初の顔文字に思わず吹き出してしまった。 なんか、純ちゃん丸くなった。 佐倉せんせーのおかげかな。 キリのいい所でスマホをポケットにしまって、そろそろかなと千さんの方を見た。 そして、胸がツキンと痛む。 すごく、すごく綺麗な女性が千さんと楽しそうに話していたから。 深いブラウンの色したパーマの短い髪や、真っ赤な口紅。 黒のハイネックのノースリーブスのニットにグレーのスキニー。ベージュのクランチコートを肩からかけて、スラッと細いのに、出るところは出ていて、派手な格好じゃないのに目を引く迫力があって色っぽい。 千さんと肩が触れる距離で楽しそうに話してる。 千さんは、女性にはどちらかと言うと冷たい。 生徒には優しいけど、それも割りきった優しさだって見てわかる。 その千さんが、たまに笑ったりして、美男美女で色気たっぷりで。 見ていて苦しい。 苦しいのは、たぶん二人がお似合いだから。 オレは男だし、生徒だし。 後ろめたさのコンボだよ。 ガラス張りの喫煙所はいつのまにか二人きりになってるし。 憂鬱な気持ちで見てると、ついに千さんが2本目を取り出したから、話すことに夢中になるくらい楽しいのかなって思えてくる。。 でも、もしかしたらさ、高校の同級生とか。 それにムカついたからって、何もできないんだから。 子供っぽくヤキモチやいて困らせなくないし。 千さんだって女友達くらいいるだろうし。 ああ。でもなんだかやっぱり楽しそうに話す二人は見てられない。 せめて、先に純ちゃん達のところに戻ろうかな。 それを伝えるために喫煙所に向かった。 ここでうじうじして、それを千さんに気付かれるよりよっぽどいい。 仕事関係の人だったらどうしようとか思ったけど、そうなら千さんはこっそりスマホにメッセージ送るだろうし、オレとの関係がバレなきゃいいんだから、一言話して純ちゃんのところに戻ろう。 「お話し中すみません。あの千さ………」 「千!あなたとがやっぱり一番相性よかったわよ!」 後ろから声をかけようとして、女性と言葉が重なる。 振り返った千さんよりも、オレを見た女性と目があって、その発言にも整った顔にも余計にかなしくなった。 ぐっと堪えようと、口元をひきつらせた。 "ルリは、もっと自分のために怒っていいんだからな" その瞬間。 さっきの純ちゃんの言葉が頭でふと蘇って、笑うのをやめた。

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