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テスト明けの休日
千さんの腕をぎゅっと抱いて感情のまま眉間にシワを寄せて見上げた。
「千、みんなまってるよ」
千さんが驚いたように目を見開く。
この人が千って呼ぶなら、オレも。
本当、ヤキモチなんて感情はみっともないにもほどがある。
「なーに?千、この女。あなた、女の趣味変わった?」
オレを見て笑いだした女性に、あなたは千さんの何を知ってるんですかってかなりムカつきながら、笑顔を向けた。
「お話し中にすみません。待たせると角がたつ人達と来てるものですから」
一刻も早くこの人から千さんを遠ざけたくて、つい嘘をついた。
「へぇ」
笑ったオレを面白そうに女性が立ち上がって見下ろす。
身長も高い。170くらいあって、見下ろされるのが悔しい。
「……ね。千セックス上手でしょ?誰が仕込んだかしってる?」
品定めするように上から下までじっとり見られて、そんなこと言われてまた胸が痛んだけど、顔に出したら敗けだと、また笑った。
「すみません。そういう会話疎くて。人を待たせてるので失礼します」
笑顔で会釈をして、喫煙所から出ようと千さんの手を引いた。
「千。私まだ連絡先変わってないから。空いてる夜電話して」
少し苛立ったような雰囲気の声が背後から聞こえたけど、もう無視して喫煙所を後にした。
千さんの、はじめての相手なの。
元カノ?
暗い気持ちになった瞬間。
くいっと千さんに肩を抱かれて、びっくりして顔をあげた。
たぶんまだあの女性に見られてるのに。
千さんは気にした様子もなく相変わらず飄々と歩く。
なんだよ。オレだって怒ってるのに。
オレが待ってるって知っててあの人と長く話したいからって2本目吸おうとしてたの知ってるんだからね。
これくらいでいつまでもオレの機嫌が直るって思ったら大間違いなんだから。
「口元にやけてますよ、リチェールさん」
「んっ、うん」
言われて、咳払いをした。
オレって単純だよなぁ。
「さっきの人とずいぶん楽しそうに話してたねー。2本目吸おうとしてたしー」
でもこれで引き下がるのはなんとなく悔しくて、わざと不機嫌な声を出した。
「なに、お前妬いてんの」
クスクス笑って千さんが頭をわしゃわしゃ撫でる。
笑ってくれるのが少し意外。
「さっきのやつ、イギリスの弁護士の事務所にコネクションがあるとかで少しその話してた。
お前のことでその辺のこと聞き出したかったんだよ」
オレのこと?
本当なら嬉しいけど、聞こえてきた会話はそうじゃなかった。
「ふーん、そーゆー話をしてるようには見えなかったけど」
「向こうが話を無視して誘って来てたからな。相手にしねぇけど」
「そうなの……」
そういえば、冬に一緒にイギリスに行こうって言ってくれた。
何となく、気恥ずかしくて俯くと千さんが意地悪く笑ってオレの頭をグリグリする。
「ヤキモチ妬いて行動するなんて珍しいじゃん」
そりゃね。
嫌われたくないし。
「めんどくさくてごめんねー。千さんモテるから不安で。
初恋だからどうしていいかわからない」
だからってその不安をそのまま千さんにぶつけるのは、よくないよね。
わかってる。
「めんどくさいって俺も思ってたはずなんだけどな」
顔をあげると、千さんが呆れたように笑う。
「溜め込まれるよりずっといい。
むしろリチェールは普段から気を使いすぎなんだよ。
俺にくらい迷惑かけてやろうって気持ちでいたら」
「え、嫌われなくない……」
「ならねーよ」
そんなの。信じられない。
ただでさえこんなに何回も迷惑かけてるのに。
いつ嫌われても仕方ないって思うし。
「あ、あの、千さん。じゃあ、それならね」
でも、そう言ってくれるなら。
いっこだけ、ワガママを言ってみていいのかな。
ん?って振り返った千さんの表情は柔らかくて、ぎゅっと服の裾を握った。
「オ、レも……。プライベートでは千さんのこと千って呼びたい……です」
「……………」
千さんが、驚いたような顔で固まる。
顔が一気に熱くなっていって、恥ずかしい。
なにか言って。
「なに。お前………っそんなこと………」
千さんの声が震えだして、ついに声をあげて笑われた。
「わ、笑わなくてもいいじゃん!オレの千さんなのにさ、さっきの人気安く千って呼んでさ!いやだったんだもん!」
恥ずかしくて、つい千さんの体を揺らす。
恥ずかしいけど、千さんが声を出して笑うのはすごくすごく珍しくてなんだか嬉しい。
「お前、普段は大人びてすかしてるくせにピュアだよな」
まだ笑いが収まらないようで肩を震わせている。
ピュアかな?言われないけど。
「ねぇ、笑ってないでさ。千って呼んでいい?馴れ馴れしい?」
「馴れ馴れしいってなんだよ。好きに呼んだらいいだろ」
あれだけ笑っといて、質問の答えはどうでも良さそうにしらっと返された。
いいんだ。
いざ呼ぼうと思ったら、なんだか少し照れる。
「うん。えと。じゃあね、せ……せん……?」
「なに」
「……えへへ」
普通に答えてくれた。
なんか、むず痒い。
名前を呼ぶだけなのに、なんでこんなに緊張するんだろう。
「んと、千。も、いっこ、わがまま言っていーい?」
「なに」
「今日もお家泊まっていい?」
「そのつもりだったけど?
なんなら、明日も休みなんだからこの辺に泊まってくか?」
「それはいいよー。お金かかるじゃん。
朝まで一緒にいれるだけで幸せだからー」
「そんなのわがままのうちにはいらねぇから」
ふって笑って、本当になんでもないようになんでも聞いてくれる。
だからって甘えてばかりはいられないけど、嬉しい。
「ふふ。千、すき」
「知ってるっての」
「うん。言いたかっただけー」
「ああ、そう」
すたすた歩く背について行くと、タバコと香水の匂いがして、きゅんとする。
こんなに甘やかされて、どうしよう。
表すなら、戸惑う気持ちが50と、うれしい気持ちが50。
ほんと、しっかりしろよオレ。
乙女じゃないんだからさ。
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