195 / 594

悪友

そういえば、田所ってそういうやつだよな。 一年のころ、電車で触られたことを思い出した。 「田所あいつ気持ち悪い。許せない」 「まぁ俺の勝手な予測だけどね」 「いや、あいつは絶対してるよ。 俺もあいつに触られたことあったし」 「…………は?」 雅人の声が一気に低くなる。 やばい、と体が強張った。 てか何に怒ったんだよこの短気なクソ夜叉は。 急いで残りのビーフシチューをかきこみ、ごちそうさま!と席をたった。 「おいこら逃げんな。誰になにされたって?」 長い手が俺の頭をがしっと鷲掴みする。 手ェでかいなコイツ。 雅人は笑ってるけど、ぎりっと手に力が入って、かなり頭が痛い。 脅しだろ、これ。 「い、一年頃の話だよ! 電車で後ろから触ってきたから足踏んで、鳩尾に肘鉄したら相手が田所だったの!」 「ふーん。それで相手はやめたの」 「その一回でやめたよ。 田所は俺じゃないっていってたけど、間違いねぇし」 「で、どこまでされたの」 なんで昔のことをこんなにグイグイ聞いてくるんだろう。 雰囲気こえーし。 「尻触られただけ。 触られた瞬間に足踏んだからそれ以上はされてない」 「そう………」 素直に答えると、すっと頭から手をどかされる。 そしてまた黙々とご飯に戻ったから、そのうちに俺はさっさと風呂に逃げた。 あいつの怒るポイントが本当にワケわかんなくて、困る。 お風呂から上がると、食器は綺麗に片付けられて、雅人はソファでテレビを見ていた。 「雅人。風呂上がった」 「うん。俺も入ってこようかな。 その前に純也、ちょっとこっち来て」 「? なんだよ」 ソファに向かうと、ぐんっと手を引かれて、雅人の上に転がった。 「なにすんだ!」 顔をあげると、雅人が意地悪な顔で笑う。 あ、もしかして、さっきの怒りが終わってないパターン? 「先生ちょっとショック受けてるの。純ちゃん慰めて?」 コツンっとおでこをくっ付けられ、整った顔がすぐそこにあることに、ドキッとする。 「あ?なに甘えてんだ。男なら黙って耐えろ」 「ふはっ。純也は男らしいねぇ」 抜け出そうとしてみるけど、雅人は馬鹿力でぴくりともしない。 ぎゅっと強く抱きよせられ、はーっと深いため息をつかれた。 「こんなとこ、さわらせたらダメだよ」 「………っなにすんだ、てめぇ!」 するっと尻を撫でられ、びくっと体が強張る。 ふざけてるにしては、質が悪い。 「お前は、なにがしてーんだよ!」 抵抗しながらそう言うと、雅人が顔をあげて、まっすぐ目があった。 「ねぇ、純也。 俺の気持ち本当にわかんない? わりと分かりやすくしてるつもりなんだけど」 気持ち?なにが? はやくしっかりしろって? そろそろこいつも俺が居座るの迷惑に思えてきてるのか。 「……なるべく、早く出ていくようにする」 「いやなんでだよ。 どういう思考回路してるの」 こいつのハッキリ言わない物言いが嫌いだ。 迷惑なら迷惑だとハッキリ言えばいいのに。 「うるせぇな!俺だって夜構ってくれる奴の一人や二人いるんだよ!」 「お前俺のこと怒らせてぇのか!?しまいには本気で縛り上げるぞ!!」 突然雅人に怒鳴られ、びくっと押し黙ってしまう。 だから、こいつの怒りポイントがワケわかんないんだって。   黙った俺を見て、雅人が苦虫を噛み潰したような顔でしてはーっと息をついた。 「怒鳴ってごめん純也。 でもあんまりそーゆーこと言わないで。 俺は純也を手放すつもりないからさ」 ぎこちなさはあるものの、いつもの柔らかい雰囲気に戻って、頬を撫でられた。 手放すも、なにも。 いつまでもこうしてられるはずなんてないのに。 最近は雅人に大切に扱われすぎたせいだ。 なんだか、ちょっとしたことで落ち込む。 「じゅーんや、そんな顔しないで。 ごめんね。怖かったね」 なにも言い返さないでいると、雅人が抱き寄せて頭を撫でてくる。 怒られたあと、こうやって抱き寄せられたら安心する。 安心するし、落ち着くけど、同時になんとも言えない不安がじわじわを押し寄せてくる。 俺はこの腕の中から出たとき、たえれるのだろうか。 「離せ、クソ雅人」 「はは。クソなんて言わないで。そうだ。アイス食べる?」 「………食べる」 こうやって簡単にほだされてしまうことも、今までなら考えられなかったのに。 アイスを冷凍庫から取り出して俺に渡すと、もう一度頭を撫でて雅人は風呂に向かった。 サーっとシャワーの音が聞こえてきて、ぼんやり口にアイスを含む。 しばらくテレビを見ていると、机の上でスマホがヴーっと振動して、手に取った。 翔さんからの着信に思わず眉を潜める。 もう何十件も無視してる。 この人もどうして俺にこだわるんだろう? いつもなら無視してとらないのに、なんとかく通話を繋げた。 「あ!やっと取ったな! 純也、てめーなにしてんだよ!」 開口一番にイライラしたように怒鳴られ、この人も相変わらずだなって思わず小さくため息をついた。 「すみません。 最近スマホ壊れてて、反応悪いんです」 「本当か?最近お前の家に迎えに行っても、全然いねぇじゃねぇか」 「ああ、それは今は親戚の家にお世話になってて。 それで中々スマホも直しにいけなかったんです」 適当にいった嘘に、翔さんは簡単にそうか、と騙されてくれる。 この人たちといたって楽しくもなんともないけど、あの家に一人でいるよりかはずっといいと思っていた。 でも、自分の気持ちが変わっていることに気づいて戸惑う。 今の俺は、どこでもいいと思っていた居場所が、この家じゃなきゃ物足りないと感じてしまっている。 これは、かなり危険だと、頭が信号を鳴らす。 「今からさ、またみんなで集まるんだけど、お前どーよ?」 言われて、少し悩む。 そうだよな。いつかこの場を離れるなら、慣れていた方がいいかもしれない。 「いいですね。 お世話になってる親戚の家がこの間飲んだ場所から近いんでお願いします」 答えながら、上着をつかんで立ち上がり、そっと家を出た。 時間は夜の8時。 この時間の外出で雅人もまだ怒ったりはしないだろう。

ともだちにシェアしよう!