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悪友

   「うわ………っ!!!」 いきなり、男の悲鳴が小さく聞こえて、俺を押さえつけていた重みがなくなった。 「なんだてめぇ!」 何が起こったのかわからないまま翔さんの吠える方を見ると、さぁっと血の気が引いた。 なんで。ここに…………。 「純也から手、放せよ」 普段のへにゃへにゃした雰囲気は一切なくどこまでも冷たい怒りの表情をしたルリが立っていた。 「なんだよ。お嬢さん、君も混ざりたいの?」 男の一人がルリに近寄って、その小さな顎をつかむ。 やばい。 ルリは、厄介なのに絡まれそうな危険な雰囲気があるのに。 「ル、ルリ!!!にげ…………っ」 「うぎゃっ」 パン!!!と、弾かれるような音がして、ルリの前にたった男が倒れ倒れた。 ルリが体を反転させて、男のこめかみに踵をヒットさせた音だと気付くのにまた時間が止まる。 「おいこらクソ女。なに調子にのってんだ」 「純也、お前自身女みたいな顔してさ、彼女とかいたんだ?しかもかなりレベル高いじゃん」   翔さんともう一人の男がキレた顔をしてルリを見下ろす。 最初に蹴られた男、次に蹴られた男もすぐ立ち上がり、かなり頭にきてる様子だ。 やばい。 ルリなんて、すぐに捕まって、ぼこぼこにされて、まわされちゃう。 「ルリ、お前本当に逃げろって!!!」 俺の焦りは露知らず、ルリは俺を無視して男共をきつく睨んだ。 「か、翔さん!!こいつは勘弁してください!俺のことは好きにしていいから!!」 こんなことしたって逆効果だってわかってる。 でもつい必死にルリの前に庇うように立って懇願した。 「純也、走るよ」 え、と思うよりも先に、後ろからぐんっと手を引かれ、足がもつれそうになりながら走り出した。 今にも殴り合いそうな雰囲気だけに、その場にいた全員が意表をつかれる。 おい!とか待て!とか後ろから聞こえる恐怖に心臓が凍るような感覚でとにかく走った。 これで捕まったら、ルリもぼこぼこだ。 とにかく俺より全然足の早いルリに手を引かれながら、無我夢中で足を動かす。 体育祭のときも思ったけど、ルリはかなり足は早い。 リレーの選手に選ばれるくらい。 一方で翔さん達はタバコも酒もするからまぁまぁ遅い。 「こっち!」 真っ暗の広い公園を奥へ奥へ走り込んで、突然ぐるっと横に引かれ思わず声をあげそうになったけど、口を押さえられたおかげで留めることができた。 壊れかけの遊具に身を隠して、10秒後くらいにばたばたとあいつらが怒り狂った声を出しながら走りすぎていった。 完全に走りすぎたのを確認すると、ルリがふーっと深く息をついて、その場にしゃがみこむ。 「純ちゃん確保ー。だめじゃん家出なんかしたら」 さっきの怖い雰囲気は嘘のようにへらっと笑う。 何て言っていいのか言葉が出ない。 「………なんで、ここに…………」 ゼィゼィ呼吸しながらなんとか聞くと、ルリがスマホを取り出しながら、んー?と俺を見る。 「雅人さんから純ちゃんが家出して、もしかしたら悪いお友だちといるかもーって連絡が来て、オレこの辺が家だしバイトしてるからその帰りでこの辺の危険そうなとこ回ってたんだよー。 ………あ、もしもし千?」 スマホを耳に宛ながら話してたルリは相手と繋がったのか、オレにしーっと人差し指を当ててきた。 「純ちゃん見付かったよ。うん。本当に悪いお友だちといたー。 今はそいつらから逃げて、隠れてるんだけど、見つかるの時間の問題かもー。 場所はほらアキちゃんと元カレさんが揉めたとこの公園」 月城も探してくれてたんだ。 なんだか、申し訳なくて、うつ向いてしまう。 「雅人さんに連絡おねがいしていい? オレらは下手に動いて見付かったら怖いからここにいるねー」 雅人の名前が出て、ドキッとする。 さっき、あんな飛び出しかたをしてきたのに。 電話を切ったルリに思わず詰め寄る。 「雅人には言うなよ!」 「えー?どうしてー?雅人さん一番心配してたよー?」 「いいから!言うな!」 「ちょっと純ちゃん声大きいよ?」 のんきにヘラヘラ笑ってしーっと人差し指をたてるルリにいらっとする。 心配してたとかそんなの知ってる。 心配させたかったんだから。 でもまさかここまでのことになるとは思わなかった。 「ほっとけよ!何なんだよ!俺助けてほしいとか思ってねぇんだけど!?」 ああ、なんかもう惨めだ。 雅人も、ルリもさ。俺に甘すぎるんだよ。 お前らだってどうせ俺を一人にするくせに。構わないでほしい。 心から安心できる人から置き去りにされる気持ちを知らないんだろ。 常に適当な居場所を中毒のように求めてしまう空しさも、安心できる居場所の不安も、全部、全部。知らない奴らが好き勝手しやがって。 なんか、もう、苦しい。 俺は母さんだけそばにいれくれたらよかった。 でも母さんは俺じゃだめだったんだ、 そんなこと、気付きたくもなかった。 「お前ここにいろよ。俺が囮になるし」 「は?いやいやちょっと落ち着いて、純ちゃん。 本当どうしたのー?」 焦ったように苦笑いしながら、立ち上がった俺の腕をルリがつかむ。 見付かったらルリまで巻き添えだ。 それよりかは、俺だけが自分から出ていって、やられてるうちにこいつだけでも逃がさなきゃ。 ルリは、関係ないんだから。 「てか!別に翔さん達と遊んでただけだし! お前なんなんだよ!邪魔すんなよ!」 「そう?じゃあオレと別の遊びしようよ。 そんなに雅人さんといたくないなら、オレん家泊まろうよ。純ちゃんが好きなのなんでも作るよ?純ちゃんが寝るまでずっとトランプとかしようよー。だから、あいつらのところには行かないでー?」 どうせすぐ翔さんに、見付かる。 その焦りで余計にイライラする。 「うるっせぇな!ほっとけっつってんだよ!」 「純ちゃん、ほんと、おちつい………」 「触んな!!!」 パンっ 乾いた音が響いて、気が付いたら、手のひらがじんじんしていた。 ルリの小さな体は簡単に後ろによろけてしまった。 「あ………」 赤くなったルリの頬を見て、息を飲む。 ルリを殴ってしまったショックで、言葉がでなくて、手が震えた。 「ル、ルリ、ごめ………っ」 ゴン!! 静かに立ち上がったルリにおそるおそる手を伸ばすと、頭に拳骨が降り下ろされ、頭が真っ白になった。 いたい。まじで、かなりいたい。 「だっから!少しは落ち着けって!!」 ルリに初めて怒鳴られ、余計に頭が混乱して、ぶわっと涙が出た。 それを見て、ルリがはーっと呆れたようなため息をつく。 「オレも男だよ? 殴られるくらいなんともないし。なんなら殴り返すし。 おあいこだからそんな振り払った手がちょっと当たっただけで世界の終わりみたいな顔しないの」 そう、振り払った手がたまたまルリの頬に当たっただけ。 わかってるくせに、力一杯拳骨された。 ぐずぐず泣いてると、ルリが着ていたアウターを脱いで俺に着せた。 そういえば、走ってかいた汗が冷えて、体が冷えていた気がする。 ふわっと体を包む温かい温もりに、心がどんどん弱くされる。 「純ちゃんさぁ、何に怯えてるの?なんかかなり情緒不安定じゃない?」 ぽんぽんと頭を撫でられて、鼻を啜る。 怯えてる?俺が?……そうかも。 「あんなやつらとつるむくらいなら、オレと遊ぼうよ。 雅人さんやオレが嫌なら幼馴染紹介するし。 オレの幼馴染みの家とかかなり居心地いいよ?」 どこまでも優しい声に、ボロボロボロボロ涙が止まらない。 雅人やルリに嫌気がさすなんてあるはずがなかった。 嫌気がささないから、のめり込んでしまうから、怖かったんだ。 翔さんに捨てられようと、どうでもいい。 でも俺は今雅人に捨てられたら、きっと立ち直れないって焦ってた。 「ほら、泣かないのー」 ぎゅーっとルリに笑われながら抱き締められて、ふわっと甘い匂いがする。 「ル、ルリ……叩いて……ごめ……っ」 「もう、まだその話してるのー?オレも叩いたんだしおあいこでしょー?」 お前は叩いたんじゃなくて、グーだったけどな。

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