200 / 594
悪友
ルリと月城を見送ってから、車に乗って雅人の家に向かった。
車の中では、ぽつぽつ実のない話をして、大体お互い無言だった。
家のエレベーターに乗りながら、この家を飛び出したときのことを思う。
ほんの二時間もたたないさっきのことなのに。
自分から出ていっておいて、早く帰りたいとか。
何がしたいんだよ、俺は。
「おかえり、純也」
家のドアを空けながら、ふっと雅人が笑う。
ふわっと雅人の家の匂いがして、胸がぎゅっと切なくなった。
「………うん」
ぎこちなく頷くと、雅人が「ただいまって言ってよ」と、どこか寂しそうに笑う。
向き合うだけでこんなにもぎこちない、ちぐはぐな関係。
ここは雅人の家で、俺の家じゃない。
家の中に一歩入ると、後ろから雅人がぎゅっと抱き締めてきた。
「なにすんだよ!」
「中学の頃の友達とのボーリング楽しかった?」
「…………っ」
嘘だってわかりきってるくせにイチイチ嫌味を言う雅人に言葉が濁る。
「うそ、冗談。ちゃんと帰ってきてくれてよかったよ」
見ていて切なくなる笑顔を浮かべて雅人がまた俺を抱き寄せる。
なんでこんなことすんだよ。
こいつは俺が自分のクラスの一番の問題児だから監視してるだけなのに。
そんな、さも大切だと錯覚させるような手つきも、表情もすんなよ。
俺が本当に大切にされてると勘違いしそうになる。
「それなりにアピールしてきたけど純也鈍感だし、変な方向に突っ走るから、もう言っちゃうね」
「あ?なんだよ?」
俺の顔を覗きこんで、雅人がふっと笑う。
吹っ切れたような、穏やかな顔をして、俺の額にこつんと頭をぶつけた。
もしかして、出ていけと言われるんじゃないだろうか。
これだけ迷惑かけたんだ。
あり得ない話じゃない。
「……………っ」
やばい今、こいつに捨てられたら。
立ち直られる自信がない。
雅人の口が開いて、ぎゅっと目を閉じた。
「好きだよ。純也」
「………………は?」
雅人が言った内容が理解できず思わず固まる。
好きって?なにが?
てか…………は?
「純也のことが好きだっていってんの。
どうせ純也が俺のことそういう風に見てないの知ってるから、今は返事はいいよ」
脳が固まって動かない俺に雅人はお構いなしに言葉を続ける。
「とにかく、そばを離れないで。
千くんやルリくんに羨ましそうな目を向けてたけどあの2人に負けないくらい純也を大切にするって約束する。
純也が望まない限り、俺からは多分手を出さないから。
自分からバカみたいに危ないところに出ていかないで」
「いや…………いってる意味が…………」
「だから、純也が好きだって言ってるんだってば」
ようやく雅人の言葉がはっきり聞こえて、カッと顔が熱くなった。
「はぁああ!?正気かてめーー!!俺もお前も男だぞ!!!」
雅人の腕を躊躇いなしに振りほどいて怒鳴る。
何言ってんだこいつ。
何言ってんだこいつ!!!
頭、おかしいだろ!
「だからまだ言いたくなかったのに。
とにかくこんな血迷ったことを言っちゃうくらいには本気で純也を離す気はないから、変な方向に突っ走らないでね」
俺の拒絶を気にした様子もなくへらっと笑ってのんきにソファに腰を下ろす。
「まぁ純ちゃんは俺のそばでわがままなお姫様でいてよ。
それだけでいいからさ」
「いや、てか、ありえねぇんだけど!?」
「うんうん。ありえないよねぇ」
冗談だろ!俺のどこに好きになる要素があるんだよ。
パニックになる俺を見てケラケラ笑う雅人を睨みつける。
「とにかく、今日はもう遅いし。純也の傷の手当てして寝ようか」
「あ!?寝る!?」
「…………そこに反応されたら、俺も少し気まずいからね」
雅人に困ったように笑われハッとする。
別に意識してた訳じゃないけど!
「純也、傷洗っておいで。消毒しようね」
穏やかな笑顔を見て、言葉に詰まった。
男を好きになるとかありえない。
そう思ってるのに、やっぱりこいつからは離れられない。
「俺、男なんて絶対好きにならねぇからな」
「うん、俺は絶対好きになってもらうよう気長に頑張るよ」
「ならねぇっての!」
はっきりそう宣言して、俺は雅人のとなりに腰を下ろした。
雅人の気持ちには絶対答えられない。
でも、この居場所は手放したくない。
ずるい俺を、雅人はそれでいいと笑う。
その安心感にもう何年も前から張り詰めていたものが優しく解されるようだった。
ルリ達みたいにお互いに想い合う綺麗な関係じゃなくても、ずるい俺を丸ごとそれでいいと言ってくれる雅人との関係は少なくとも俺に安心を与えてくれる居場所だと思えた
…….さようなら翔さん。
俺もうあなたを中途半端に振り回わす真似しないよ。
ともだちにシェアしよう!