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亀裂

__________ 遠くで聞こえた鐘の音に重たい瞼をゆっくり開けた。 どれくらい寝たんだろう? 窓の外はほんのり赤く染まっていて、壁にかけられた時計は4時を指していた。 毛布をたたんで、ベットから降りる。 体は幾分か楽になっていいて、体を少し伸ばしてからベットカーテンをあけると千はいなくて、かわりにテーブルで問題集を解く累くんの姿があった。 「あ……」 振り返った累くんと目が合う。 累くんがオレをよく思ってないのはわかるから、何となく気まずい。 「累くん久しぶりー」 とりあえず嫌そうな顔をされたのは気付かないふりをして、明るく挨拶をした。 累くんは明らかに困ったようにキョロキョロして、俯いた。 「ごめんね、勉強の邪魔しちゃったねぇ」 これは早く保健室から出た方がいいと判断して、当たり障りのない言葉をいって累くんの横をニットガウンとネクタイをつけなおした。 「ま…………まって!」 累くんの横を通りすぎようとした瞬間、突然声をあげられ、ビックリして振り返る。 「…………あ…………」 それでもやっぱり目が合うと怯えたように青ざめる累くんに苦笑してしまった。 「うん?どうしたのー?」 とりあえず、なるべく優しく見えるようにを心がけて笑顔を作ると、逆効果だったようでますます累くんは俯いてしまう。 どうしようかな。 オレも少し困って、痒くもない後頭部をぽりぽりかく。 「…………あ、あの日、ぼ、くのこと、たすけ、ようとして………ひどい目に、あ、あ、あった、でしょ………」 あの日を思い出したようにカタカタ震えて途切れ途切れの言葉を出す累くんに心配になる。 そんな真っ青になるなら、無理して思い出さなくていいのに。 「大丈夫?」 「っさわんないで!!!」 心配でそっと累くんの小さな肩に手を置くと、怯えたような声をあげられ弾かれた。 ビックリして、思わず後ろに後ずさる。 硬直したオレに、累くんは目いっぱいに涙を浮かべて顔をあげた。 「ル、ルリくんがこわい!!!」 悲鳴のような声に、びくっとする。 なんで? オレなんかした……'? 脳の処理が追い付かないオレに累くんはたたみかけるように言葉を発した。 「ルリくんがこわい!こわい、こわい、こわい!!! なんであんなにボロボロに犯されて、笑ってられるの!?気持ち悪いよ!! お願いだから、僕と月城先生に近付かないで!!! こうして保健室でルリくんに会っちゃうならもう学校なんて来ない!!!」 そう頭を両手で抱えて半狂乱に叫んだ累くんの手首からはリストカットの後が痛々しく残っていて、胸が強く痛んだ。 オレが、怖い? なんで? そう言われるのが心外だった。 嫌われてるなとは思ってたけど、まさかこんなに怖がられてるなんて。 あの日、累くんを助けたことに後悔はないけど、オレが傷つくことによってあいつらに対する恐怖心が増したんだと思うと他にやり方はあった気もする。 とにかくこのまま累くんが不登校になるのは絶対よくない。 「累くん、ごめんね」 多少の理不尽さを感じながらも、とにかく怖がらせないように笑って謝る。 ここに来るなというなら、来ない。 別に家で会えるんだから。 「たしかに、累くんの気持ちを考えたら無神経だったね。これからは控えるよ」 「すぐそうやって、いい人ぶるのも嫌い!」 バシッと筆箱を投げ付けられ、顔に当たりそうになったそれを思わず手で受け止める。 累くんはガタッと立ち上がって逃げるように保健室を飛び出した。 「待…………っ」 オレも追いかけて保健室の外に出ると、少し驚いたような顔で千が立っていた。 「今の折山?揉めたのか?」 累くんの足は遅く、すぐそこに走る背中が見える。 そしてその先は下りの階段があって前を見ないで走る累くんに危険を感じた。 「揉めた!オレがひどいことしちゃったみたい!ごめんあとでね!」 千の横を走り抜けて、累くんの後を追う。 オレは昔から短距離には自信があり、その背中にはあっという間に距離を縮めた。 「累くん!前、危ないよ!階段!!!」 「やだ、来ないで!!!こわい!!こわ…………っ」 累くんの体が前のめりに傾く。 その階段は新設校にしては珍しく急な造りで、ゾッとする。 累くんの体を手を伸ばして、包むと体を反転させて落ちていく体にぎゅっと目を閉じた。

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