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亀裂

ズダダダダダと、すごい音が体に直接響くように聞こえる。 周りに悲鳴が飛び交い、おかしいことに気づく。 かなり落ちたはずなのに体がそんなに痛くない。 恐る恐る目を開くと、その光景に頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。 「せ…………………っ」 「うわぁああああ!!!!!せんせぇ!!!!」 息が詰まって言葉がでないオレのかわりに、累くんの絶叫が響いた。 オレと累くんを庇うように下敷きになった千は目を閉じて反応がない。 自分の体がどんどん冷たくなっていって、頭がガンガンする。 「………せ……ん………………」 震える手でゆっくり千の体を起こそうと頭をかかえると、ぬるっと手が生温かった。 その手についたものを見て、またひっと息を飲む。 真っ赤に染まった自分の手を見て、頭で考えるよりも先に涙がぼたぼたこぼれた。 「う、ぁ…………やだ……やだ!だ、れか!!!救急車!!!おねがい!!!救急車呼んで!!!」 千の頭を抱きしめて周りに叫ぶ。 累くんも千の胸でわんわん泣いていた。 騒ぎを聞き付けた他の先生達がばたばた駆け付けて、救急車のサイレンの音が響いて千がつれていかれる。 「ルリくん大丈夫だから。落ち着いて」 離れたくなくて思わず暴れてしまうのを、雅人さんに押さえられた。 それからオレと累くんも階段から落ちたからと病院につれていかれたけれど、周りの大人になに言われても、頭に靄がかかったようにものが考えられず、さっきの光景ばかり頭にこびりついて離れない。 色々と念入りに検査をされ、結果が出るまで待てと、待合室に案内された。 しばらくして、累くんもやってきて、オレと少し距離を置いて腰を下ろす。 制服についた赤が、体の体温をどんどん奪っていくようだった。 カタカタと震える手をぎゅっと押さえて、いつも持ち歩いてる千から貰った御守りを握りしめた。 きっと大丈夫。 だって今日は一緒に家に帰るって話してたもん。 冬休みにはイギリスに行くって約束だってした。 そしたらもうずっと一緒に居られるんだって。 時計の針の一秒一秒が果てしなく長い。 まだ千さんは起きないの? もうそろそろ命に別状は、とかいってもいいんじゃない? そう思って、ハッとする。 命に、別状、とか。 そう考えた瞬間ぞわっと鳥肌がたって、視界がくらっと歪んだ。 前のめりに体が傾いて、床がぐんっと近付く。 「ルリくん!」 その体を大きな腕に捕まれて、ボーッとしていた意識を取り戻した。 支えてくれた腕をたどり相手を見ると、ほっとしたように雅人さんが笑った。 「やっと目があった。大丈夫?」 なんで、ここに雅人さんがいるんだろう? 頭がよく働かない。 「……………千は…………」 「すぐ結果が出るよ。絶対大丈夫。安心して待ってようね」 優しい笑顔の雅人さんに、オレを安心させてくれようとしてることがわかる。 しっかりしなきゃ、と辛うじて口元だけ笑って見せた。 「そ、だよ、ね………大丈夫、大丈夫………」 また手がカタカタと震える。 雅人さんは困ったように笑って、目の前の自動販売機に小銭を入れた。 「二人とも温かのでも飲んで少し落ち着きなよ。顔青すぎ」 累くんとオレにココアを渡してにこっと柔らかく微笑む。 受け取ったココアは温かく、指先を温めるように握り締めた。 どうか、千だけは無事でいてほしい。 オレが変われるならかわりたい。 あのとき、オレがもっと早く累くんに追い付いていれば。 保健室になんかいかなければ。 累くんの話をもっとちゃんと聞いていれば。    後悔をあげるときりがない。 神様なんて一度だって信じたことなんてないけど。 どうか、もし神様がいるなら、千は、千だけは、奪わないで。 オレの目でも耳でも口でもなんでも全部あげる。 命だってくれてやる。 だから、どうか、千だけは。 そう強く願いながら拷問のように感じる長い時間をひたすらたえていた。

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