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亀裂
累side
事故があってから、月城先生は僕にすごく優しい。
それはそうだと思う。
半年前と言ったら、家から一歩もでなかった僕を熱心に放課後通ってくれていた時期だから。
ルリくんもあれから一度も保健室に来ない。
ずっと色んなことが不安で仕方なかったけど、やっと落ち着いた学校生活を手にいれられたんだと、ほっと胸を撫で下ろした。
そんなとき、静かな放課後の廊下で聞いた衝撃的なこと。
ルリくんと月城先生が付き合ってたって。
ショックで動けなくなる。
立ってるのも辛くて、壁にもたれた。
うそ、本当に?
だって、先生もルリくんもそんな雰囲気全然出してなかったよ?
先生はいつもルリくんよりも僕を特別扱いしてくれてたのに。
……でも、今は、付き合ってたってことをルリくんも言うつもりはないらしい。
ただ、ルリくんが先生を諦めてないと言うことが怖い。
なんで諦めないの?
もうやめてよ。僕よりあとに先生に知り合ったくせに。
先生はずっと僕だけを支えていてくれたのに。
きっとあいつらに犯された日に、弱ったふりをして優しい先生につけこんだ。
綺麗な顔して浅ましいやつ。
本当に気持ち悪い。
大嫌い。
先生の話をするときにぎゅっと口元で握るストールが目についた。
先生からもらったらしいスヌードを見せ付けるようにいつもつけてる。
あんなものがあるから、ルリくんは先生を忘れられないんだ。
一組が移動教室の時間を狙って、こっそり教室に忍び込んだ。
鐘も鳴って、授業も始まったから、戻ってくることはないだろう。
ドキドキと心臓が嫌なほど高鳴る。
ルリくんのロッカーを急いで探して、鞄の横に綺麗に畳まれたスヌードを掴んだ。
先生からもらったんだと言う言葉を思い出して、感情が高ぶる。
なんだよ、こんなもの。
こんなもの。こんなもの!!!
ハサミでビリビリにして。燃やしてやる!
ぎゅっとスヌードを握りしめて、教室のドアに手を伸ばした瞬間、勝手にガラッとスライドして、思わず声をあげた。
そして、向かい合う相手の姿に息を飲む。
「びっくりした………累くん、どうして一組にいるの?」
驚いた顔のルリくんがオレの手に持ってるものを見て眉を潜める。
「る……ルリくん、こそ…… なんで………」
とっさに後ろに隠したけど、多分もう見られた。
「科学は得意だからサボろうと思って。
…………ねぇ、その、手に持ってるものなに?オレのだよね」
普段の柔らかい雰囲気は全くなく、睨むように僕を見るルリくんに体が震える。
「……あ……あ………」
怖くて、何も言えない僕に小さくため息をつくと、ルリが雰囲気を柔らかくして手を差し出した。
「お願い。それ、すごく大切なの。
返してくれたらもう絶対二人には関わらないからそれだけは返して」
うそつき。
こんなものがある限り絶対先生を、諦めないくせに。
やだ。やだ!
他の人はいいけど、ルリくんが先生に近付くのはすごく危険な気がする。
「累くん、返して」
「ち、近づかないで!!!」
追い討ちをかけるように言ってくるルリくんの手を振り払って、廊下に飛び出した。
「まって!!!」
追いかけてくる音に、恐怖を感じて無我夢中で走った。
追い付かれたらと思うと怖くて震える足を必死に動かして階段を駆け下りる。
ルリくんは手すりから飛び降りたのか、ちょうど降り終わった瞬間に目の前に降ってきた。
「累くん。いい加減にして」
脅すように怖い顔で睨まれて、恐怖で咄嗟に突き飛ばして、また走る。
「累くん!!おねがい!!返して!!
あとはなんでもあげるから!!おねがい!!」
ルリくんは叫んでても足が早くてぐんぐん僕に近づいて来る。
そしてついに、後ろから手を捕まれ二人で倒れ込んだ。
はあ、はあ、と二人で荒い息が交互になる。
いつも飄々としてるルリくんは珍しく汗をかいて、切羽詰まったような顔でオレを見下ろしていた。
それだけこのスヌードが大切なんだと思うと、ますます危険だと思う。
ルリくんは僕を押し倒したまま、キッと睨み付けてくる。
「早くそれ、返せよ」
押さえ付けられる恐怖に、ひっと喉がなる。
「なにしてんだ二人とも」
緊迫した雰囲気を割るような声に顔をあげると、先生が眉を潜めて立っていた。
僕は上から押し倒されるような形で押さえつけられ、恐怖で歯がカタカタ鳴って、動けなかった。
「アンジェリー、とりあえず折山を放せ」
先生に低い声で言われ、ルリくんが辛そうに唇を噛み締める。
それからゆっくり僕の上からどいてくれた。
それでも怖くて、上がった息が整わない。
「はぁっはぁっはぁっひゅっ」
押さえ付けられた手が震えて、呼吸が段々苦しくなる。
過呼吸になりそうなんだと、もう何度もなってるからわかるけど、止まらない。
「折山、大丈夫だからゆっくり息を吐け」
先生の声が聞こえて、優しく背中を撫でられる。
息が苦しくて、思わずすがるように先生の白衣にしがみついた。
「とりあえず、折山は保健室につれてく。
あとで呼ぶからアンジェリーは授業に戻れ」
その言葉にホッとして僕を支えてくれる先生に身を委ねた。
「……その前に、そのスヌード返して」
もう諦めたと思ったのに、ルリくんが低い声で手を差し出してくる。
どうしよう。僕がとったって先生に言われたら。
「ひゅっひゅっひゅっ」
その焦りから呼吸が余計に荒くなって頭がくらくらするくらいだ。
「この状況見えねぇのか?
ほら、スヌードなんか持ってたらいいだろ」
先生が呆れたように声を低くして僕の手の中からスヌードを取ろうとして、ぐっと握りブンブンと頭をふって拒否をした。
こんなもの、絶対に捨てるんだ。
渡さない。
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