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さようなら
昼休みに入り、廊下に出ると校内はざわざわしていて、保健室に外出のプレートをかけると、一組に向かった。
一組につくと、その場にいた生徒に声をかける。
「アンジェリー今いるか?」
「え?ルリ?いますよ。呼びます?」
「頼む」
その生徒が教室に向かって、アンジェリーを大声で呼ぶ。
数人の生徒と楽しそうに話してたアンジェリーは俺を見てピシッと固まった。
佐久本は佐倉の言っていた通り居なかったけれど、その隣で原野が俺を睨む。
そういえば原野はいつも何か言いたそうに俺を睨んで来てはアンジェリーに止められてる。
今もアンジェリーに何か言われ腑に落ちないような顔で視線を反らされた。
「お待たせしましたー」
俺のことを蹴って逃走した剣幕はもうなく、申し訳なさそうに笑いながらぱたぱた駆け寄ってくるアンジェリーを見て、どこかほっとする。
ギャラリーがチラチラ見てることが気のなって、「場所変えるか」と言うと、アンジェリーも素直に頷いて後ろからついてきた。
とりあえず、保健室に戻ってドアを閉めると、アンジェリーがいきなり頭を下げてきた。
「あの、蹴ってごめんなさい!」
すごく申し訳なさそうな顔で頭をあげると、小首をかしげる。
「すごく力一杯蹴ったから、痛かったよね。ごめんなさい」
折山に悪者にされて、大切にしていた物まで取られて、むしろよく耐えたと思う。
それで素直に謝れるんだから、大人と言うか、高校生らしくない。
「いや、お前は悪くねぇだろ。俺こそ叩いて悪かった」
素直に謝ると、アンジェリーが安心したように小さく息をついて柔らかく笑う。
その笑顔を見て、もやもやしていたものが、少しずつ落ち着いていくようだった。
「痛かっただろ、冷やしたか?」
小さな頬に手を伸ばすと、びくっと肩を揺らして頬を赤くする。
なんだよその顔。
お前大切なやつがいるんだろ。
「全然、いたくないよー。
わざとじゃないのもわかってるから、謝らないでー」
照れたことなんて赤い頬で丸わかりなのに、誤魔化すようにへらへら笑う姿に、またざわざわと胸に黒いモヤが溜まる。
大切な恋人がいて、俺に気のある素振りを見せるところが、他の女たちと同じように見えて、アンジェリーの頬から手を引いた。
「これも、大切なやつから貰ったんだろ。もういらないなんて、言ってやるな」
さっさと用事を済ませて帰らせよう。
そう思ってスヌードをアンジェリーに渡すと、また一瞬だけ泣きそうに瞳を揺らす。
抱き締めるようにぎゅっとスヌードを受け取った。
「ありがとう……本当はもういらないっていったことすごく後悔してた……」
涙は溢れないけど、その顔は今にも泣きそうな表情だった。
それすら計算に見えてしまう。
恋人が可哀想だな。
「せんせ、そういえば累くんは?」
「ああ、さっき帰った」
「そうなの?オレと揉めたことが原因だよね。ごめんなさい」
それに関してはお前悪くねーだろ。
むしろ怒っていいと思う。
「損な性格してるな。もっと気楽に行けよ?」
まるで癖になってるように、気がつけばふわふわ柔らかい髪をぽんぽんと撫でていた。
すぐ手を引くと、アンジェリーはこれだけで戸惑ったように顔を赤くして、それを誤魔化すように笑う。
「佐久本がそのスヌード取り返しに一度保健室に来てたぞ。俺相手に喧嘩売ってた。お礼言っとけよ」
「ゆーいちが?」
大きな瞳が動揺したように揺れ、悲しそうにそっか、と呟いた。
ずっと笑顔を崩さないアンジェリーの表情がなんだか切なそう見える。
それから小さく息をついて、意を決したように顔をあげた。
「せんせ、好きです。
半年前からずっと好きでした」
それから、なんの脈絡もなくいきなり告白された。
「………は?」
聞き返しても、アンジェリーは笑うだけ。
いや、男同士とかはさておきだ。
今までこの学校で何人か生徒や教師から告白もされた。
でもこいつは他に好きなやつがいるんだろ?
いや、大切なやつって言うだけで好きなやつとは言ってないか。
そもそも、何に戸惑ってるって。
今までどんな告白をされても、一度も感情を揺らされたこともないのに、まだ知り合って数日のこいつの告白にひどく胸を締め付けられてること。
「困らせてごめんね。
せんせーの気持ちはわかってるし、言いたかっただけだからー」
いつまでも言葉を出さないでいると、アンジェリーが笑顔を取り繕って、離れようとした。
「………気持ちは、嬉しい。
でも悪いけど生徒をそういう対象で見れない。
あとお前恋人いるんだろ。大切にしてやれよ」
アンジェリーの仕草ひとつひとつに、一々反応する自分に言い聞かせるようにそう言うと、アンジェリーは悲しそうに笑うだけだった。
「恋人なんかいないよ。オレは半年前からずっと千さんに片想いしてた。
……困らせてごめんね。伝えたかっただけだから」
小さく会釈をして足早に保健室から出ていくアンジェリーをなぜか無性に引き留めたいと思いながら何もせず見送ることしか出来なかった。
どうしたんだ、俺。
恋人がいたくせに、嘘ついて告白してくるようなやつだぞ。
そう言う奴が一番嫌いなはずだ。
そう思うのに、いつまでもアンジェリーの悲しそうな笑顔がいつまでも頭にこびりついてモヤモヤしたまま放課後になった。
仕事ももうすべて終わらせていたから、さっさと帰宅してソファに腰をおろした。
家に帰ってきた日からずっと違和感がある。
この家、こんなに広かったか?
なんとも言えない虚無感に、苛立ちが加わり、タバコに火をつけた。
ぼーっとタバコを吸ってると、ピコンと携帯がなる。
画面を見ると、登録もされてない番号からの電話だった。
「………はい、もしもし」
「あ、千?この間の話なんだけど。今夜会える?」
とりあえず出てみると、いきなり名乗りもせず話始めた女の声に誰だ?と考える。
この半年間で知り合ったやつなんだろうか。
「すみませんが、どちら様ですか?」
「はぁ?まだ登録してなかったの?玲子よ」
玲子?
昔から定期的に会う女の一人だ。
独占欲もないし、お互い割りきってるから気が楽だったけど、ある日突然結婚も考えてちゃんと付き合おうと言われ切ったと思っていた。
これで半年間の記憶がないと素直に話してあることないこと吹き込まれたらたまったもんじゃない。
「あー、玲子か。久しぶり。
この間の話ってどの話だよ?」
探るように言うと、玲子は呆れたようにため息をついた。
「あなたがイギリスの法律の話がしたいって言ったんじゃない。
冬にイギリスに行くんでしょう?」
「はっ?」
イギリス?法律?
そういえば、玲子は俺が関係をたったあと、イギリスで有名な弁護士の事務所で働くことになったとメールが来ていた気がする。
考えが追い付かない俺に玲子はさらに言葉を続けた。
「癪だけど、この間の彼女さんのことでしょう?
あの、ちびでガリガリの外人さん」
俺に彼女?ありえねぇだろ。
そしてもっとありえないのが、ちびでガリガリの外人と言われて、アンジェリーが浮かんだこと。
とにかく、現状を把握するために玲子と一度会うことにした。
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