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さようなら
リチェールside
「ルリー、三番カウンター会計いける?」
「え、あ……三番カウンターね。りょーかい」
アキちゃんに名前を呼ばれてぼーっとしていたことに気付いてハッとした。
バイトが忙しいと余計なことを考えなくて済むから気は少し楽だった。
「お前さ月城さんと何かあっただろ」
何の突拍子もなく光邦さんに鋭く言われ、ドキッとする。
どうしてわかったんだろう。
まぁ隠しても仕方ないことだけど。
「うーん、実は、別れた、かも」
「は?別れた?かも?」
アキちゃんがぴくっと眉を潜める。
かも。とか言って濁しちゃうのはまだいつか記憶を取り戻してオレを迎えに来てくれるかもしれないと言う僅かな希望を捨てきれないから。
今日フラれたというのに、未練がましいよな、と自分に苦笑する。
ぐいぐい聞いてくる二人にあったことを話すと、深くため息をつかれた。
「お前それ、言えよ!本人に!」
「そうだよ、ルリ。それエゴだよ」
エゴと言われたら、たしかにそうかもしれない。
でも千の困ることはしたくない。ただでさえ半年のブランクで仕事も大変なんだから。
オレさえ我慢すればすむ話だし。
「ドラマみたいな話だね。記憶喪失とか」
「記憶喪失取り戻したとき、月城さん気に病むと思うぜ?
ルリがまた自分のために自己犠牲に突っ走ってんだから。
さっさと本当のこといっちまえ」
言えないよ。
言ったところで、千はもうオレのこと好きじゃないんだから、どうしようもない。
「おーい、ルリくん、そろそろ10時だからあがっていいよー。いつもありがとね」
常連さんと話をしてた草薙さんがひょっこり戻ってきて時計を指差す。
5時から出勤して、たった5時間だけど、学校終わりだから少し疲れていた。
「はーい。ありがとうございます。
お疲れさまですー」
「うん。お疲れ。じゃあまた明日ねー」
今はもう、10時には帰らせてもらえと心配する千はいない。
一々こんなことに胸を痛めるなんて、女々しいにもほどがある。
「はい。明日もよろしくお願いします」
「ありがと。ルリくん、いるとやっぱ売上が全然違うよ」
「あはは。草薙さん、それ全員に言ってるくせにー」
「あれ、バレた?
ははっじゃあまた明日!おつかれー」
「はーい、お先でーす」
草薙さんに会釈をして、アキちゃんと光邦さんに手を振ると、更衣室に向かった。
一人になって、ふっと息をつく。
バイトが終わってしまうと、余計に寂しく思えて、家に帰るのがいやだった。
"寄り道すんなよ。家についたら連絡しろ"
また、昔の心配性なだれかの声が聞こえて、振り払うように頭をふった。
明日は学校もないし今日は少し寄り道して歩いてみようかな。
着替えて裏口から出ると、冷たい風が吹いて、ぶるっと震えた。
もともと暑さには弱いし、店内は暖かかったから、その寒さが仕事終わりの今気持ちいい。
スヌードを2重にして柔らかく巻くと、なんとなく人のいる騒がしい繁華街の方へ足を進めた。
キラキラ光るネオンを目で追ってのんびり歩いてがやがやした人混みの中にいると、少しは寂しい気持ちが紛れるようだった。
ぼーっと歩いてると、ふらふらした一人の男性がどんっとぶつかってきた。
「わ………っすみません」
思わず謝ると、お酒臭いその人はオレを支えにするようにして顔をあげた。
20後半か、30前半くらいのその人はオレと目を合わせて微かに見開いた。
「だ、大丈夫ですか?ふらふらしてますけど」
何も言わずだんまりな様子に心配になる。
てか、酔いすぎだろ。
フラフラしてるし、今だってオレが支えて立っているようなものだ。
「タクシー呼びます?家、言えますか?」
「……あ、うん、ありがと」
ようやくその人はへにゃっと崩れた笑顔を見せた。
ほっとして、とりあえず離れようとすると、ぐっと手を捕まれた。
「………吐きそう」
「…………………え」
本当は、げ。と言いそうになった。
口に手を当てて、真っ青になったその人の手を引いてとりあえず道のすみに寄せた。
踞って、唸りながら耐えてる背中に、まじか、と思う。
てか、こんなになるまで飲むなよな。
「大丈夫ですか?水買ってきましょうか?」
とりあえずなんとか吐くのは我慢してるその人の背中をゆっくり撫でる。
関わった以上見捨てることもできないし、本当に困った。
……結局、それから一時間くらい恋人と別れたとかいう愚痴を聞かされながらひたすら背中を撫でたり、自販機で買ってきた水を飲ませたりしていた。
「…………でさぁ、お互いの両親にももう会ってたのに浮気だよ!?しかもさぁ、俺の親友と!人間不信になるわ!」
「うんうん。その話もう5回目だよー、カズマさん。辛かったねぇ。早く寝ちゃって忘れようねー」
「お前優しいな!てかやば!顔も超かわいいじゃん!名前何て言うの?あ、俺カズマ!」
「うんうん。ルリだよー。これも10回目くらいだよーカズマさん」
「へーい!ナイストゥミートゥ!!」
「元気になってきたねー。
じゃあもう一口水のんでおこうねー」
まさかバイト終わったあとに酔っぱらいの相手をするとは思わなかった。
いや、こーゆー場所にきたオレが悪いんだけどさ。
でも、結婚の約束までしてたのにそんなひどい裏切りを受けたカズマさんがオレなんかよりずっと悲しい思いをしてるんだと思うと、どうしても放っておけなかった。
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