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さようなら
カズマさんは結婚を目前に五年付き合ってた彼女を親友にとられたらしい。
それで今日は飲み屋を転々とハシゴしていたとか。
話を聞いていると、オレまで胸が痛くなる。
「カズマさん、オレも初恋が終わったばっかだから気持ちわかるけど、こんなに酔ったらだめだよー。あぶないし、帰ろう?」
「お前も失恋したばっかなの?あ、俺カズマ!よろしく!」
あなたがカズマなのはもういやってほどわかったっての。
呂律は回ってないけど、意識はしっかりしてるし、もういいかな?
でも、ひどい失恋したあとなのにここで見捨てたら可哀想かな?
悩んでると、カズマさんがいきなりガバッと立ち上がった。
「わっ。危ないよ!」
ぐらっと倒れそうになる体を支えると、カズマさんがニッと笑ってオレの肩をガッシリ抱いた。
「よし、お互いもう前のやつのことは忘れよう!な!」
いきなり、なに?
酔っぱらいならではのこの脈絡のなさに、戸惑いながらも愛想笑いをかえす。
「うん、そうだね……?」
「よし、じゃ、行くぞ」
水もいっぱい飲ませて少し休んだ効果か、カズマさんはオレを掴んでしっかり歩き出した。
「え、え?どこいくの?」
「え?ラブホだろ?」
「はぁ!?」
いや、なんでだよ!
意味わかんない!なんで人助けしてそんな罰ゲーム受けなきゃいけないの!
カズマさんの手を捕まれてる手に力を入れて進む足を止めた。
「何いってんの!オレ男だし!」
「え!?まじで!?うわぁー、マジかぁー」
心底ショックを受けたようにカズマさんが項垂れる。
この人のこーゆー純粋なとこ嫌いじゃないけど、見てわかるだろ。
緩んだ手を解こうとしたら、またグッと力を込められた。
「でもなんか、お前なら抱ける気がする」
「はぁっ?」
訂正。
やっぱ嫌い。何をいってるんだこの馬鹿。
間抜けな声を出したオレをぐいぐい引っ張って歩いていく。
いやいやいや、おかしいだろ、色々と。
「ねぇ、カズマさん!オレ帰る!
そんなに元気ならもういいでしょ!」
キツめに声を出すと、ムッとした顔でカズマさんが振り返った。
「お前ももう前のやつは忘れろ!お互い次に進むんだよ!」
オレを巻き込むなっての!
カズマさんはたまにフラッとするけど、歩くペースは早く、掴まれた手は痛いくらい強い。
もういかがわしい建物が並ぶのが見えてきていよいよ焦る。
「ねぇカズマさん絶対だめだよ。
こんなヤケクソになるくらい好きだったんでしょ?
酔った勢いでオレなんか抱いても朝起きて残るのなんて虚しさだけだと思うよ?
もっと自分のこと大切にしなよ」
早口で、でも極力優しく言うと、カズマさんが少し躊躇ったように目を泳がせる。
なんだか痛々しい。
それくらい、今苦しくてどうしようもないんだ。
気持ちは痛いほどよくわかる。
あと一押しで手も離してくれるだろうと、言葉を続けようとした瞬間、
「アンジェリー?」
名前を呼ばれて、ぎくっと振り返った。
そこには千とこの間の映画の時、喫煙所にいた女性が腕を組んで立っていた。
一気に気分が急降下していくようだった。
ここ、ラブホ街だよね。
で、手組んで、なにしてるかなんて、聞かなくてもわかる。
「お前、こんなところでなにして……」
「やぁだ。修羅場?でもあなたも千がこういう人って割り切らなきゃだめよ?」
女性がクスクス笑ってオレを見下ろす。
170㎝は余裕にありそうなすらりとしたその人は長身な千と並ぶと二人でモデルのようによく似合っていて、胸がズキズキ痛んだ。
「あー!もう今美男美女カップルなんて見たくねーよ!いこ!」
「え、あ……」
カズマさんに手を引かれて、足がもつれる。
真っ白になった頭で何も考えられずふらつきながら手を引かれるまま歩き出した。
「なんだ、やっぱりあの子ともそういう関係なのね。お互い様みたいだし、私たちも行きましょう?」
後ろで笑い混じりに高い声が聞こえて、頭がガンガンする。
ショックで泣きそう。
いやだ、千、やだよ。
千がだれかとエッチするのも、千以外に触れられるのも。
建物に入る手前、じわっと目頭が熱くなって視界が滲む。
「悪いんだけど、交換しねぇか?
こいつ、俺のらしいから」
聞こえてきた低い声と共に、後ろから手を引かれて、ふらついた体はとんっと暖かく包まれた。
見上げると、千が笑ってカズマさんを睨んでいた。
笑ってるけど、睨んでる。
そんな静かな迫力に、カズマさんがえっと後ずさる。
なんで?助けてくれるの?
その女性は、どうするの。
色々言いたいのに、言葉が出てこない。
「ちょっと!千!!!」
女性が顔を真っ赤にして千に駆け寄る。
そりゃ怒るよ。勝手に訳のわからない男と交換されそうなんだから。
「玲子、そーゆーことがしたいなら他当たれって言ってるだろ。
俺はお前と関係をもつ気はない」
それだけ吐き捨てるように言うと、千はオレの手を少し乱暴に引いて歩きだした。
後ろでなにか二人が言ってる気がするけど、なにも届かなかった。
千に手を引かれてることが嬉しくて、ボロボロ涙を流してしまい、手を引かれるまま歩いた。
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