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さようなら
どこに向かってるのかわからないけど、悲しいのか嬉しいのかよくわからない涙が止まらなくて黙ってついていく。
千の態度はいつもみたいに優しくなんてないのに、繋いだ手はいつものように温かい。
もう触れることはないと思ってた温もりだった。
手を引かれるまま歩いてると、その足が止まって、そっと顔を上げた。
コインパーキングが見えてきて、そこに千の車が駐車されていた。
「乗れ」
低い声にびくっと体が跳ねてしまう。
今まで何度か怒らせたことはあるけど、付き合ってるときだ。
ただでさえもうオレに気持ちはないのに、余計に嫌われたんだと思うと怖くてまた涙がボロボロ落ちていく。
「アンジェリー、乗れ」
いつまでも動けないでいると、しびれを切らしてきつい口調で言われる。
せっかく繋いだ手をそっと放して言われた通り助手席に座った。
千の車の少し甘い匂い、懐かしい。
二人で映画を見に遠出したことがもう遠い昔のようだと思う。
ぼーっと久しぶりの車内を懐かしんでいると、千が運転席に回ってドアを閉めた。
「……さっきの男はなんだ?」
しん、と静まりかえった空間で、千が低い声で口を開いた。
カズマさんのことだとわかったけど、なんて説明したらいいのかわからない。
「……カズマさんは、さっき知り合った人。
酔って具合悪そうに持たれてきたから、介抱してたの」
「へぇ。じゃあなんであんなとこに連れて行かれそうになってんの」
イライラしたように千がタバコを取りだし、ジッポでカチッと火をつけた。
「断ったんだけど、カズマさん酔ってたし、力強いから振りほどけなくて……」
言葉を選ぶようにゆっくり話すと、どうも言い訳じみてしまって、冷や汗が浮かぶ。
空気がピリピリとして、重い。
やばい。これ以上関係が悪くなったら、正直立ち直る自信がない。
「カ、カズマさんも酔ってただけで普段はたぶんいい人なんだろうなーって話聞いてて思って、それで、ひどいことあったあとみたいで、その、ほっとけなくて」
「とりあえず、そいつの名前出すのやめろ」
怒らせてしまった不安から早口に言い訳をすると、チッと千が舌打ちして長い前髪をかきあげた。
「お前は俺が好きなんだろ?
つまんねぇやつに捕まってんじゃねぇよ」
いつか似たようなことを言われた言葉に、びっくりして息をのむ。
"お前は俺のだろ"
ぶっきらぼうに言われた言葉は何度もオレに安心感を与えてくれたものだった。
千の言葉を重ねて思い出して、涙がまたぼろっと溢れた。
なんで、そんな、まるで妬いてるみたいなこと言うの。
オレのこと、思いだしてないくせに。
今日ふったばっかのくせに。
「………うん。オレが好きなの、千だけだよ……っ」
そう思うのに、言葉は素直な気持ちを涙と共に溢していた。
こんなこと言って、困らせるのはわかってるのに。
でも、止まらなくて千の服をぎゅっとすがるように掴んだ。
はーっと千が深くため息をついて、オレの体を片手で引き寄せて抱き締めてくれる。
もうこの腕の中に戻れないと思っていたから信じられない思いで確かめるようにオレも強く抱き返した。
千は優しいから宥めてくれているだけ。
こんなことしたって、戻れないのはわかってる。
泣いて、好きな人を自分の都合いい行動をさせるなんて、オレは最低だ。
でも今だけは、とすがる思いで千の体に抱きついた。
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