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さようなら
千side
玲子から呼び出された先はラブホ街の奥にある個室のあるダイニングバーだった。
俺の彼女とやらの話が聞きたくて来たのに、話す内容は寄り戻したいというものだった。
別に後腐れないなら、付き合ってもいいけど、何となく今はそんな気分じゃない。
結局、玲子は彼女の話もイギリスの話もするのとはなく酔ってしまい、さっさと大通りに出てタクシーに乗せてしまおうと歩いてると、ラブホに連れ込まれそうになってるアンジェリーを見付けた。
そこからの行動は、ほとんどの感情で動いていた。
普段の俺なら、生徒がラブホに入ろうとしてようと、よっぽど抵抗してない限り見て見ぬふりする。
アンジェリーは困ったように笑うだけで抵抗というには弱いものだった。
そもそも、こんな時間にこんな所にいるんだから、そのつもりなのかもしれない。
玲子の話からしてもたぶん、俺が引き取ろうとしていた外国の彼女とはアンジェリーのことだ。
アンジェリーはそれを無かったことにしようとしている。
それなら、そんな記憶にもないめんどくさいこと、なかったことにするいい機会だとすら思いそうなものなのに、気がつけばアンジェリーの手を引いていた。
顔を上げたアンジェリーはぽろぽろ涙を流す。
小さな体は微かに震えていて言わないけど怖かったんだと思う。
自業自得だろ。
こんな時間にこんな場所ふらふらしてたんだから。
そう思うのに、繋いだ手を離すことが出来ないまま、車に連れ込んでしまった。
どうしてこんなことをしてしまったのか、自分でもわからない。
アンジェリーは男だし、ましてや生徒だ。
それなのに、他の男といるところを見てイライラするのかも、泣いてる顔を見て胸が締め付けられるのかも。
わからないことだらけだ。
小さな背中をあやすように撫でると、ぴくっと反応して、涙目の惚けた顔で見上げてくる。
どくん、どくん、と心臓が早さを増して、無意識にアンジェリーの頬を撫でていた。
少し触れると、俺の手に自分から擦り寄って来て、切なそうに俺を見つめる。
そんな顔をされるだけで、なんで一々胸が痛むのか、答えがほしかった。
「…………俺と、お前付き合ってたのか?」
気がつけば、ありえないと思っていた疑問をそのままアンジェリーにぶつけていた。
アンジェリーは少し口を開いて、すぐ辛いのを耐えるようにぐっと俯く。
言いたいけど、言えない。
そんな葛藤がアンジェリーから伝わってくる。
わからない。
こいつは俺が好なんだよな?
付き合ってたのはこいつで間違いないだろう。
なのに、なんでこうも隠したがる。
俺はこいつを大切に出来てなかったのか?
「………お前がなかったことにしたいなら、それでもいい」
「なかったことにしたいなんて、そんなこと………っ」
俺の言葉に反応してバっと顔をあげて、また辛そうに言葉に詰まる。
下唇を噛み締めて、なんだか見ていて痛々しかった。
「…………っ付き合ってたからって、言って、どうするの………っ」
痛みを耐えるように吐き出された言葉は、弱々しく震えていた。
アンジェリーの小さな手が俺の胸辺りの服をぎゅっとつかむ。
「せん、せーは、オレのこと、もう好きじゃないんでしょ………っ
困らせたい、わけじゃ、ない」
自分に言い聞かせるように言うアンジェリーの言葉にその通りだと気付かされた。
たしかに、これで付き合ってたからってもう一度今から付き合えるかと聞かれたら正直微妙だった。
相手は男で生徒だぞ。
好きかどうかなんて、そもそも好きってなんだよ、と思う。
なにも答えられない俺に、アンジェリーは悲しそうに笑った。
「いいよ。オレ、せんせーにはもう十分すぎるほど幸せもらえたから。もう、大丈夫」
「………………」
「これ以上、困らせないから……」
笑ってる口元が震えて、目からはボロボロと涙をこぼす。
その涙を拭おうと無意識に伸ばした手に気付いて引いた。
俺にそんな資格はない。
「……やっぱり、忘れられない… っ」
なにも言えない俺に、アンジェリーは一呼吸おいて、顔をあげて涙を溢しながら笑った。
「ねぇ、もうこれが、最後にするから。
最後に思い出ちょうだい?」
「……思い出?」
「抱いて、せんせー」
思わず目を見開いた。
抱く?俺が?こいつを?
固まる俺にアンジェリーが悲しいほどの笑顔で謝る。
「ごめんね。気持ち悪いねぇ。
困らせてるの、わかってるよ。ごめんなさい………っ」
膝の上にある手に重ねられた手はふるえていて、その必死さが伝わってきた。
「………気持ち悪いなんて思う分けねぇだろ」
そう静かに答えると、アンジェリーか目を見開く。それからまたボタボタ涙を次から次へと溢した。
「俺はお前と付き合うことはできない。それでもいいんだな」
俺の言葉に一瞬傷付いたように瞳を揺らして、悲しそうに微笑んだ。
「もう絶対、せんせーのこと忘れるから………」
血迷ってるのは、わかってる。
ただとにかくアンジェリーに泣き止んでほしくて、最後だと言うならと、その小さな唇に自分を重ねた。
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