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代用品

結局、蒼羽は言っても聞かず、新野という男の個展に連れ出された。 「見るだけでも見ときなって。後になって誰かの手に渡って見れなくなったらそれこそ後悔するから」 人に関心のない蒼羽にそこまで言わすものと思うと余計に気になった。 会場はそこそこ混んでいて、ちょうど入れ違いで出てくる女性グループは涙をハンカチで押さえていた。 入ってすぐ、額縁に入れられた作品が早速ずらりと並んでいた。 風景だけのものもあれば、中には人物が映り込んでるものもある。 しかし、人の主張はなく、全体的にもの寂しい雰囲気で満ち溢れていた。 中には絵を見た瞬間、泣き出す人もいて画家の実力を表している。 その中の一際人集りのある場所を蒼羽が指をさした。 あそこにアンジェリーの絵があるらしい。 そりゃあれだけ顔立ちがいいと文字通り絵にもなるだろう。 人集りに近づくと、人より高い身長のおかげで後ろからでも絵が目に入った。 「…………っ」 鳥肌がたった。 顔の造りはアンジェリーなのに、同一人物だと思えないほど虚な瞳に、顔の半分は誰かわからないほどぼこぼこで、骨が浮き出るほど痩せ細った身体は青あざだらけだった。 服は何も着けておらず、破れたカーテンが辛うじて下を隠しており、男か女かむしろ人間かさえも疑うような儚い容姿だった。 割れた窓ガラスの縁に腰掛け、太ももや頬にはガラスの破片が刺さったような切り傷もある。 その全てをどうでもいいと言うような、何も映さない瞳に、胸がざわついた。 頭に記憶のない映像が流れ込んでくる。 学校の屋上で、三人の生徒に押さえつけられるアンジェリーはこんな風にどうでもよさそうな瞳の色をしていた。 それから、暗い準備室で四人の男と、ボロボロな姿で倒れてるアンジェリー。 どく、どく、と心臓がいやな音を立てて、冷や汗がほおを伝う。 "オレ、こんなこと慣れてるよ。いちいち傷付いたりしないから気にしないで" そう言って笑うアンジェリーの顔や、青ざめて震える顔、それから子供のように泣く姿。 色んな姿が次々と頭に流れて、口元を押さえた。 "必ず幸せにする。だから一緒に頑張ろう" そう伝えて、泣き笑いのような表情で抱き着いてきた温もりを鮮明に思い出した。 ………そうだ、俺はリチェールを守るって約束したはずだ。 「…………蒼羽」 「……なぁに?」 俺の呼びかけに、察したように蒼羽が笑う。 それから、俺の顔を見て、頷いた。 「この絵、草薙に話して下げてもらっとくから、リチェールの所にさっさと行ったら?」 「悪い。助かる」 「はーい。今度ごはん奢ってね」 ひらひらと手を振る蒼羽に背を向けて早足に会場を抜け出した。

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