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代用品
会場を出てすぐ、リチェールに電話をかけた。
しかし、電源が入ってないというアナウンスだけが流れる。
あいつ着信拒否にでもしやがったのか。
家に行っても留守で、月曜日に呼び出せばいいと思うのに、嫌な胸騒ぎがして佐倉に電話した。
「はい、佐倉です」
「休みの日にすまない。記憶が今戻った。リチェールと連絡が取れないんだが原野とか知ってたりしないか?」
「え!千くん記憶戻ったの!?わー。愛の力だねぇ。おめでとう!!」
ほんの3コールで繋がり、電話の向こうから嬉しそうな声が聞こえる。
それから、「ギリギリ入れ違っちゃったね」と残念そうに続けた。
「学校伝いで連絡きたんだけど、ルリくん今日からイギリスらしいよ」
「は?」
リチェールが、イギリス?
思考が一瞬停止する。
「父さんが脳梗塞で倒れちゃったらしくて」
佐倉に話に、ぞっと最悪のことを想像する。
まさか、あいつ本当に一人で行ってないよな。
「リチェール、何時の飛行機って言ってた?」
「え?一便だから朝一にもう飛んでると思うけど……」
今はもうリチェールは飛行機だ。
まずい。どうにか連絡をとらないと。
両親とあった後にボロボロになるリチェールが頭によぎり苛立ちが込み上げる。
「あいつの両親かなり暴力が酷いんだよ」
「え、そうなの?そういえば、GWとかすごい怪我して戻ってたけど、もしかしてあれもそう?」
「ああ」と返すと、佐倉が息を呑む音が聞こえる。
親父さんが本当に倒れたなら、不謹慎だが今回リチェールが暴行される可能性は低いだろう。
そう思うけど万一を考えたら、とても冷静になんていられなかった。
「千くんが焦るってよっぽどの両親なんだ?
とにかく、俺、ルリくんの担任だし協力するよ。ちょうどやり残しの仕事あって学校に来てるからご両親に連絡してみるね」
事情を説明すると、テキパキと動き出してくれた佐倉に悪いと伝え、俺もすぐ学校に向かった。
冬休みまでにやり残した仕事はほとんどないことをパソコンで確認して、次にリチェールの父親の勤める大学の連絡先を検索すると、そのまま大学に電話を掛けた。
『はい、○○大学です』
『お忙しい中恐れ入ります。私、日本の高等学校で教師をしております月城ともうします。本校の生徒の親御さんがそちらにお務めとのことで連絡をとりたいのですが、アンジェリーさんはただいまお手隙でしょうか?』
うちは進学校だし、海外の大学に進学する生徒もたまにいる。
だから、高校側からこうして海外の大学に電話をすることは珍しいことではないけど、さすがに俺がかけるのは初めてだった。
確認しますと保留にしてからが、嫌に長く感じる。
親父さんがいても、いなくても不安しか残らないけど、せめて倒れたことが本当ならいいのに、思ってしまう。
『お待たせいたしました』
やっと繋がった電話にはい、と返事をする。
『アンジェリーは本日休みです。
明日になりますが折り返しお電話させますか?』
………普通、脳梗塞で倒れたなら、職場に連絡行くよな。
リチェール、お前さこーゆーの調べてから行けよ。
『いえ、またこちらこら折り返しお電話させていただきます。お忙しい中失礼しました』
電話を切って、ふーっと深くため息をつくと、丁度佐倉も目の前で同じように頭を抱えていた。
「だめだー、ルリくんの緊急連絡先で書かれてるところ二箇所とも連絡つかない」
焦りばかりが募るなか、必死に今やることを頭で整理する。
とにかく、俺はすぐにイギリスに向かうしかない。
「千くん、イギリスに行くよね?学校には俺がうまいこと伝えとくから、こっちは任せて」
「悪い」
「なにいってるの。ルリくんは俺の生徒でもあるんだから」
どうせこの冬休みに両親と話をつけたら、リチェールの保護者として日本でも手続きをする際、学校側にも話すことは視野に入れていたけど色々と急な展開だ。
あの日のホテルでそばを離れなければ。
そんなことを考えたって今更どうしようもない。
今日のイギリス行きに空きはなく一番早い明日の昼の便のチケットを予約すると、佐倉にお礼を言って、しばらく休んでも差し支えがないよう仕事をギリギリまで片付けた。
父親に暴行されたあと、冷たいシャワーで泣きながら何度も体を洗うリチェールを思い出して、思わず舌打ちがこぼれる。
頼むから、俺の杞憂であってくれ。
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