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リチェール

千side ずっと目を覚まさないリチェールはまるで、起きることを拒んでるように見えた。 お前はバカだよ。 俺が記憶なかろうと、全部話せばよかっただろ。 父親からされていたことも、心の傷も、約束も。 必ず助けた。 記憶がなくても、間違いなくもうリチェールのこと大切に思っていたのに。 手首に残る必死に抵抗したことを物語る痕も、殴られた痣も、首を絞められた痕よりも、なによりもリチェールが自分で噛んだ舌の傷が切ない。 「これしか、自分を救う方法思いつかなかったのか」 お前を傷付ける親の元になんて行く必要なかったんだ。 お前はいつもそうだよな。 全部一人で抱え込んで、どうして自分ばかりを追い込むんだよ。 「……痛かったな、リチェール」 弱さなんて見せないで、いつも笑って人にばかり優しくするリチェールに少しでも自分の傷は目に入っていたのだろうか。 この世界は、リチェールにとってさぞ生き辛かっただろう。 もう起きたくないと、リチェールは望んでいるのかもしれない。 「起きろよ」 小さな頬を撫でれば、嬉しそうに擦り寄ってくる姿が思い浮かぶ。 お前を傷付けるものはもう何もないから、どうか起きて隣で笑ってほしい。 今度こそ幸せにするから、起きてその声で千と呼んでほしい。 冷たい手を温めるように握れば、小さく握り返された。 それだけで、胸が詰まる思いだった。 目を覚ましてくれ。 早くお前を抱き締めたい。

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