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リチェール
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リチェールが意識を戻して3日がたった。
物事は意外にも順調に進んでいた。
本来リチェールを引き取ることになっただろう叔父に当たる人は、そもそもリチェールの両親と仲が悪かったらしく、リチェールのことを迷惑そうにすらしていた。
そのことはいらっとしたけど、すんなりリチェールを引き取れたから好都合でもあった。
金銭面はこちらで全て支払い、イギリスに在籍中の名義だけ今は借りて、リチェールの日本で過ごす間俺に保護者として一任するよう一筆書いてもらい、あとはあいつが18歳になったら国籍を日本にすればいい。
あとはそれを公正証書に残すだけだった。
『あの、月城さん』
色々考えなか間ら廊下を歩いていると、名前を呼ばれ振り返る。
見ると、リチェールの担当医が駆け寄ってきた。
『今からアンジェリーさんのお見舞いですか?』
『ええ、まぁ』
『ちょうどよかった』
リチェールに何かあったのか?と眉を潜めると、医者が困ったように顔をしかめた。
『アンジェリーさんって、摂食障害とかあります?』
摂食障害?
元々食は細いけど障害ってほどじゃないだろ。
『いいえ?少食ではありますけど、ちゃんと食べますよ?』
『なら睡眠障害は?』
『ないですね』
質問ばかりで、要点を言わないけれど、言わんとしていることは伝わった。
あのバカ、寝ないし、食べないんだな。
『うーん。彼、目を覚ましてから一口も料理に手をつけないんですよ』
『は?一口も?』
『ええ。すごく申し訳なさそうに手をつけず返されるんだよね。
あと、寝れてないみたいで。少しうとうとしてるかなと思ったらビクッてすぐ起きちゃうからどうしようかなって』
『それは………ご迷惑をおかけしてます』
そこまでとは思わなかった。
ていうか、あのバカチビいい加減こういうことは言えよ。
『今は点滴で体に必要な栄養送ってるんだけど、どうする?睡眠薬少し投与してみる?』
『本人に聞いてみます』
『うん。よろしくー』
引き留めて悪かったと、ひらひら手を降る医者に会釈をして、リチェールの病室に向かった。
病室を開けると、ベットテーブルでなにかを書いてたリチェールがぱっと顔をあげて俺を見ると穏やかに微笑んだ。
「なに書いてんの?」
書いていたものを覗きこむと、犬だか猫だかわからない、不細工な生き物が描かれていた。
"暇だったからヒツジ書いてた。
オレ動物のなかで一番ヒツジ好きかも"
ヒツジ?
………ヒツジ?
イギリスのヒツジは随分ブスだな。
好きなわりに悪意でもあるのかという下手さ加減に、ハッと鼻で笑う。
勉強もスポーツも料理も、なんでも起用にこなすリチェールは、意外と美術系はほぼ破滅的らしい。
そういえば、たまに家事をしながら口ずさむ鼻歌は音をはずしてる。
でも本人は楽しそうで、可愛いなと思う。
"千、描くねー"
「はいはい。かっこよく描けよ」
クスクス笑いながら、リチェールがまた楽しそうにペンを走らせる。
て、そうじゃなくて。
「そういえば、お前、飯食ってねぇんだって?」
楽しそうにペンを走らせてたリチェールがぴたっと手を止める。
見上げた顔は、リチェールがどう誤魔化そうと考えてる時の苦い笑顔だった。
「退院がのびるぞ?何かあるならちゃんと言えよ」
リチェールがきゅっと口を結んで、ぐりぐり目の前の絵を黒くする。
それ俺の顔じゃねーのかよ。
"どうしても口に入れても吐きそうになっちゃって"
悩んだ末にかかれたリチェールの言葉に、眉を潜める。
勘弁しろよ。
ただでさえこんなに細いのに。
「何か食べれそうなのはないのか?」
"食欲ない。お腹がすいたらそのうち食べるから大丈夫だよ。退院して外のご飯なら食べれるかもだし"
点滴やめられないのに退院できるわけないだろ。
頭を抱える。
「夜も寝れてないんだって?」
少しクマになっなる目元を指で撫でると、びくっと一瞬体を強張らせた。
「触られるの怖い?」
ふっと笑うと、リチェールがふるふると首を小さくふって、手を引こうとした俺に手を伸ばした。
俺の手を両手でつかんで、自分の頬に当てると安心したようにふにゃっと笑う。
"すき"
と、口がパクパクと動いて、早く声が聞きたいと胸が少し痛んだ。
少し考えてると、リチェールがまたサラサラとなにかを書き始めた。
"千の服ひとつ借りていい?"
服?何着か持ってきてはいるけど。
リチェールの服だって、別に病院にいれば必要ないのに。
"千の匂いのする服ぎゅーってして寝たら寝れそう"
こいつそんなことしてたのかよ。
そう言えば、リチェールは引っ付いてくるとすぐ寝るよな。
「俺がいるからって無理して起きてなくていいんだぞ。
今少しでも寝れそうなら寝ろよ」
"だめ。もったいない"
「これから先、うんざりするほどずっと一緒にいるのに?」
その言葉が可愛くて思わず笑えてしまう。
コンコンと病室がノックされて、答えられないリチェールの変わりに、はいと返事をすると、看護師がちょうど昼食を持ってきた。
『どうですか?アンジェリーさん、少しでも食べられそう?』
『食べさせてみます』
俺がトレイを受けとると、看護師は「なら安心ね」と微笑んで病室を後にした。
リチェールの前にトレイを置くと、困ったように俺と料理を交互に見る。
そんな顔しても食わせるっての。
早く退院させたいんだから。
この中でリチェールが食べれそうなものは、野菜スープかな。
「ほら、リチェール。口開けろ」
スプーンですくいリチェールの口に持っていくと、リチェールが躊躇いつつも口を小さく開けた。
「大丈夫。残していいから」
どうでもいいけど、顔赤くしてすこし怯えたように口開けるリチェールの顔エロいよな。
スープを口に含むと味わいもせずリチェールは、すぐ飲み込んだ。
「……どうだ?」
リチェールが俺を見上げて、キョトンと首をかしげる。
それから、もうひとくちとねだるように口を開けた。
「ほら」
今度はスコーンを小さくちぎって口に入れる。
リチェールの柔らかい唇が指に触れて、
不覚にもどきっとして目をそらした。
舌が痛いのか、すこし噛むのに時間はかけてたけど今度はちゃんと味わって飲み込んだ。
"千、すごいね。いつも匂いだけでおえってなっちゃうのに、食べれそう"
俺がすごいのか?
起きた初日と言えば色々リチェールも追い詰められていただろうから、ご飯なんて食べる余裕なかったのだろう。
リチェールはスプーンを受け取り、自分でゆっくり食べ始めた。
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