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イギリス
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書き終わった書類を確認して、挨拶するとグレッグ叔父さんの家をあとにした。
「その頬はなんだ?」
ドアがしまった瞬間、千に低く問われハッと意識を取り戻した。
またいつのまにか考えていた母さんのことを頭から振り払い千の手を握る。
「ザックとトニーと昔から仲悪かったんだけど、父さんのことからかわれて腹が立ったから喧嘩になっちゃった。ごめんね、大人しくできなくて」
「殴られた他になにもされなかったのか?」
「むしろオレの方がぽこぽこぽこーって乱暴してきちゃったくらいだよ」
「ならいい。今回はすぐに一階に逃げてきたから許してやるよ。偉かったな」
ぽんぽんっと頭を撫でられ、ふふっと笑った。
服を脱がされそうになったのは、オレを性的な目で見てるというよりはいじめたかっただけだろうし未遂だからその辺は伏せた。
ぱらぱら降り始めた雪がキラキラ反射して綺麗だなって思う。
この真っ白な雪に包まれたイギリスの景色ももう見納め。
「千、本当に何から何までありがとう」
「ん」
ここまでしてもらって、これ以上問題を増やすような真似はしてはいけない。
母さんに会いたいだなんて、思っちゃいけないんだ。
「リチェール」
名前を呼ばれ顔をあげる。
千は白い息を溢しながら困ったように笑った。
「両親に会いたいか?」
「え」
一瞬、体が硬直する。
あんなことをされて、これだけ迷惑をかけて今さら会いたいなんて言えるはずがなかった。
「どうして…?」
「父親はさすがに無理だけど、母親になら会わせてやれる」
「なんで、会うかとか聞くの?」
これだけ親のことで迷惑かけたオレがどの面さげて一番負担をかけた千にそんなこといるのだろう。
「……リチェールがずっと寂しそうな顔してるから」
千に優しく頬を撫でられ、じわっと目頭が熱くなる。
なんで、この人はどこまでもオレの心に寄り添ってくれるの?
「そんな、こと……」
「リチェール、俺にはなんでも言え」
これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないのに………。
千の手の暖かさに張り詰めていたものが優しくとかされるようだった。
「…………最後に、一度だけさよならって言いたい」
涙と一緒にずっとこらえていた言葉がこぼれ落ちた。
千はふーっとため息をつくと、顔をあげて優しく微笑んでくれる。
「仕方ねぇな」
「いいの?」
「リチェールのお願いだからな」
もう。どうしてそんなに優しの?
胸が苦しくなるほどの優しさに、つい千の腕にぎゅーっと抱き付いた。
「千、大好き……。も、ほんと大好きぃー」
「はいはい。知ってる」
くすくす笑って頭を撫でてくれる手が心地いい。
どうして、この人はオレなんかを選んでくれたんだろう。
「千と付き合えてオレは世界で一番幸せ者だよー」
「あんだけ大変な目にあってて、俺と付き合うだけで世界一幸せ者になるのかよ。お前は本当ちょろいな」
「大変な目にあってないよ?いつも千に助けられてる。
本当にありがとう」
笑って千を見上げると、ちゅっと触れるだけのキスをされて顔が赤くなる。
ここは裏道で周りには誰もいないけど、顔がかぁーっと熱くなった。
「ほら雪が強くなる前に早くホテルに戻るぞ」
何もなかったように歩き出した千に手を引かれ赤くなった顔を俯かせてイギリスの道を歩いた。
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