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あの日の母と子
エリシアside
昔から何を考えてるのかよくわからないと言われた。
どちらかというと感情が顔に出る方じゃなかったし、それで誤解されても一々弁解なんてしなかった。
日本人の父が、イギリスに私と母を置き去りにしてから、母は父のことばかり気にして毎日泣いていた。
父に依存していたのだろう。
当時は母が私に見向きもしてくれなかったことに、それなりに胸を痛めた気もするけれど、私は母のようにはならない。
女の幸せは結婚だと言われてるけど、それは自分で幸せを掴めなかった人の言い訳でしょう?
私は違う。
そう自分に言い聞かせ、一人でも生きていけるよう勉強に専念して、弁護士になった。
男たちに遅れをとらないよう連日仕事に打ち込んで好成績を叩き出していたある日、仕事の関係でロンに出会った。
若くして教授になった優秀さやこれだけ顔が綺麗だと可愛らしい女の子なんていくらでも寄ってくるだろうになぜかロンは毎日私に付きまとった。
『そりゃ僕はモテるけどさ、自分から刷りよってくる女のどこに魅力があるの?
君みたいに綺麗なのに男を寄せ付けない女を落としてみたくなるんだよ、男は』
……性格に多少の難はあったけど。
『君さ、そうやってツンケンしてるけど、なんでも一人でできる訳じゃないんだから甘えてよ?
仕事ばっかりで寝てないんでしょう?僕に目を向けて?君には自由にしてほしいけど無理はしてほしくないんだ』
優しさだけは本物。
私の難しい性格にあなただけは勘違いせずそばで寄り添っていてくれた。
そして、ぎこちなく始まった恋愛の中新しい命が宿った。
『私とあなたの子供だから、まず間違いなくひねくれ者ね』
『……否定できないのが悔しいね。
でも君の子だから間違いなく美しくて聡明な子だね、僕たちの天使は。
早く会いたいな』
満面の笑みを見せて、子供のようにはしゃぐロンを思い浮かべては、なにもない殺風景な部屋の中で小さくため息をついた。
リチェールが生まれてたった3ヶ月でまた私はベビーシッターを雇い、仕事に追われる日々を送った。
この大きな案件を終わらせたら少しは家族でゆっくりできる時間ができるからとがむしゃらに頑張った。
それなのにロンの機嫌は悪くなるばかり。
『本当に仕事なの?』
『いつも一緒にいる男はだれ?』
言い訳なんかしなくても、ロンならわかってくれる。
それよりも今は仕事だと、あなたの優しさに甘えすぎていた。
『やっぱり君は言い訳すらしてくれないんだね』
あの時、悲しく微笑んだあなたの顔が今でも私の胸を締め付けてる。
あれからロンは毎日女の香水の匂いをつけて、朝帰りが増えた。
初めて誤解を解こうと頑張ったけれど何もかも遅すぎて、信じてもらえなかったことがひどく胸を痛め付けた。
『その痛み、忘れる方法教えてあげようか?』
アルコールが入っていたこともあって、まんまと甘い誘惑に負けてしまった。
この痛みをまぎらわせてくれるなら、なんでもいいとすがったけれど、残ったのは虚しさだけ。
それから当て付けのようにロンがいない日他の男を連れ込んだけれどロンは振り向いてくれない。
けれど、一時でもあなたを忘れられるならと、私は自分の痛みをまぎらわせることに必死でロンの痛みにも、……あの子の痛みにも、気づかないふりをした。
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