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あの日の母と子

取り調べが終わって、ようやく釈放された。 多分一週間ほど経ったかしら。 身元引き受け人の彼が優しく肩を抱いてくれる。 『大丈夫だよ、エリシア。僕が支えるから』 そうね。私はきっと大丈夫。 弁護士という職業で鍛えた話術で巧妙に抜けれたから、職業も危うかったけれどなんとか持ちこたえた。 でも………ロンは? リチェールは、どうなったの。 無事は聞かされたけど、日本にもう帰ってしまったのかしら。 そう思うと漠然とした不安だけが残った。 『あのね、エリシア。僕は何度も断ったんだけど相手がどうしてもってことで。 エリシアが弁護士を続けられるのも、彼のお陰だし、一度会ってほしい人がいるんだ』 『だれ?』 どうでもいいと、冷たい声で返すと車がとあるカフェで止まった。 『リチェールだよ。 僕はついてくるなって月城さんに言われてる。 エリシア、一人でいけそう?』 『リチェール?』 心臓がどくんと、大きく跳ねる。 まだ、イギリスにいたの? どうして、私なんかに今更会いたいというのか、理解できなった。 私はもう、あなたの母親でもないのに。 恨み言でも言われるのかしら。 『エリシアがどうしてもいやなら断ろう』 優しい彼にそう言われ、一瞬戸惑う。 私だって、最後に一目会いたい。 どんな罵声を浴びせられても、素直に言葉を言えなくても、見れるだけでいいから。 『いってくるわ』 本当は不安で仕方ないけれど、無表情にそういって、車から降りた。   カフェに入って店内を見渡すと窓際の隅の席に、リチェールと日本からの先生がいた。 たしか、ツキシロって言ってたかしら。 少し、怖いのよね。 なんて声をかけていいのかわからず立ち尽くしていると、リチェールが顔をあげて私に気づいた。 正直、一目見れたからもう逃げてしまおうかとも思ったけど、見付かってしまったから仕方なくテーブルに向かった。 『…………久しぶりね』 『うん。 ……とりあえずなにか頼めば』 二人を見ると、コーヒーとアールグレイを目の前に置いていて、近付いてきた店員にわたしはダージリンを頼んだ。 すぐに持ってこられたダージリンにひとくち口をつける。 何を話していいかわからない。 リチェールもリチェールで自分で呼んでおきながら、考え込んでいた。 服からのぞく白い肌は包帯だらけで、頬にも大きなガーゼが貼ってる。 大分よくなったみたいでそっと胸を撫で下ろした。 ツキシロに抱かれて出てきたときは意識もなくて本当に危うかったから。 『…………あの、さ』 リチェールが小さく話を切り出し、ゆっくり顔をあげる。 何て言っていいのか分からないような表情で、見ていて気まずい。 『……オレ、明日日本にかえるよ』 その一言に、胸に切られたような痛みが走った。 でも、これは仕方のないこと。 私はそれを受け入れるしかない。 『そう………好きにしたら?』 ああ、リチェール。 日本にいって、もう帰ってこないのでしょう? 行かないで。お願い。 自分だけ、楽な方に逃げようとしたのに、顔を見てしまったら胸がいたくて仕方がない。 首も座ってないあなたが夜泣きばかりだったある日、もう嫌だと泣いてるあなたを、どうしても抱っこできない時間があった。 仕事が忙しくて、夜中遅くまで起きて待ってたあなたに、いつまで起きてるの、と厳しく叱ったことだってあったわよね。 食が細くて吐いてばかりいるあなたにいい加減にして!と怒鳴りつけてしまったことだって。 私の育児はいつも余裕がなくて、あなたを傷付けてばかりだったなのに、あなたはそれでもママ、ママと私に手を伸ばした。 どうして、子供はそんなにも悲しいほど親を愛せるの。 どうして私はその手を離さない強さを持てなかったの。 産んだときは痛かったし、夜泣きで寝れないときは大変だった。 それでもあなたがお母さんって笑ってくれるだけで幸せだったのよ。 だからって、仕事よりあなたを優先できなかったのは、私が弱いから。 男や誰かに依存してボロボロになった母を見て、私はこうはならないと仕事が最優先だった。 それでも、私はあなたを大切にしたかったの。 そうできる強さはなかったけれど。

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