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お迎え
「いやー、ほんと無事に帰って来てくれてよかったよ。
千くんの焦りようからよっぽどだって思ったしね」
逃げ場のない車のなかで、気まずい話題に苦笑いを返した。
運転席に雅人さん、助手席に千。
後部座席にオレと純ちゃんで座っていて、隣に座る純ちゃんがジロッとにらんでくる。
「本当に佐倉のアシスタントのお陰だよ。あの飛行機に間に合わなかったら本気で危うかったし」
千の言葉に純ちゃんが手を重ねてきてぎゅっと握る。
千も千でわざわざそんなこと言わなくていいのに、まだ怒ってんの?
「ごめんね、雅人さん。一杯迷惑かけて」
「んー?いやいや、お父さんが倒れたって緊急事態で冷静な判断できるはずないでしょー。
ルリくんとは仲良しだし心配はしたけど、迷惑じゃないからバンバン頼ってよ」
だから謝らないで、と笑ってくれる雅人さんに気持ちが暖かくなる。
外は明け方でほんのり薄明かるくて日本に帰ってきたんだなって息をついた。
「大体!月城が記憶喪失だか何だか知らないけど、ルリのこと忘れたのが悪いんだからな!だからルリが一人で暴走するしかなかったんじゃん!」
次から次へと蒸す返されたくない話題ばかり蒸し返されて、なんか胃が痛くなってきた。
「わるかった。俺がそばにいない間、リチェールを守ってくれたのは原野なんだろ?助かったよ」
「ん゛ん…おぅ」
うわ、すごい。
暴れ馬の純ちゃんが一瞬で照れて黙った。
そうだよね。千がオレのこと忘れて、累くんにあることないこと言われてた時、純ちゃんがずっとオレの味方でいてくれた。
あの時どれだけ心強かったか計り知れない。
今日だって平日なのに、あんなとんでもない成績の中、わざわざ休んで迎えに来てくれるなんて、自殺行為のようなものじゃん。
そこまで、オレこと………って、ちょっと待って。
「っそうだよ!純ちゃん、そろそろ期末じゃない?サボったりして留年とかないよね!?」
ハッとして純ちゃんの華奢な肩を掴むと、ほっとけ!と振り落とされてしまった。
ほっとけるわけない成績だから言ってるんじゃん。
雅人さんも、どうか純ちゃんの成績を一番に考えてよ。
「あ、そうそう。現実に引き戻すようで悪いけどおチビさん達、早速来週からテスト週間だよ〜。終わったらすぐ冬休みだから頑張ろうね」
「……今日、金曜日だよね。土日に純ちゃんの脳みそに詰め込めるだけ詰め込む。任せてね。絶対留年になんてさせないから」
「うるっせぇ!お前は自分の心配しろよ!!」
「オレの成績が一週間ちょい休んだくらいで落ちるわけないじゃん。純ちゃんの成績の方が死活問題だから!」
「怪我の話だよバカ!」
「成績を気にしなよ!おバカ!」
「しねぇよ!!!留年がなんだってんだ!ばかばかばかばかばーーーか!!!」
今さらなに不良ぶってるの。
まぁ、純ちゃんは口ではこういいながらも素直だから、やるだろうけど。
あと、バカの連呼バカっぽくてかわいいな。
「……来年も一緒に進級したいから頑張ろうね純ちゃん」
「勝手にイギリスで死にかけてるやつなんか知らねぇよ」
ぷいっとそっぽを向いてしまう仕草すら可愛いくて思わず笑ってしまった。
「そんなにプリプリしないでー?反省してるから」
茶化すように純ちゃんの頬を指でツンツンすると、勢いよく振り返った。
「プリプリなんて可愛いもんじゃねぇよ!もうカンカンチンチンだよ!ばか!」
…………その言い方も可愛いと思うけど。
「こら、純也。ちんちんなんてお下品な言葉使わないの」
「そ……っゆう意味じゃねぇよ!!」
運転席からクスクス笑いながら雅人さんが言うと、カッとしたように言い返してまた窓の方を見てしまった。
なんだか賑やかな車内に、大好きな場所に帰ってきたんだなぁって顔が綻んだ。
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