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お迎え
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いっぱい泣いて、純ちゃんは途中で泣き疲れて寝ちゃったから、そのまま雅人さんが連れて帰ることになった。
「そう言うことなら泊まらせてもいいかなって思ったけど、起きたら絶対大泣きしたこと恥ずかしくて顔合わせられないと思うし、やっぱ連れて帰るよ」
雅人さんの言葉にちょっと納得しちゃう。
顔を真っ赤にしてこっちを見てくれない純ちゃんとか簡単に想像ついちゃうもん。
雅人さんに沢山お礼を言って、明日また会う約束をしてさよならをした。
車が見えなくなって、隣にいる千を見上げる。
迷惑かけたことは沢山謝ったけど、それだけじゃなかったんだな。
「……千、傷付けてごめんね」
千は何も言わないで、オレの髪を優しく撫でるだけだった。
その顔はすごく切なくて、また胸がぎゅっと締め付けられる。
「……帰るか」
「うん」
自然と差し出してくれる右手に、自分の左手を重ねて歩いた。
「お邪魔します」
家に入ると相変わらず広くてシンプルな部屋の懐かしい匂いにほっとため息をつく。
最後に訪れた時、千の家にいた痕跡を消さなきゃって全部捨てて、誰もいないこの部屋にさよならを言ってもう二度と戻れない覚悟で、鍵をポストに入れたのに。
本当にオレ、ここに帰ってこれたんだ。
「千、すぐコーヒー入れるねー。ゆっくりしてて」
「リチェール」
ぼーっとしてる暇はない、とキッチンに向かおうとすると後ろから抱き締められ、ドキッと心臓が高鳴った。
「ななななななに…………っ!?」
相変わらず、千が近いのはドキドキして落ち着かず舌を噛みまくってしまったのに、千は気にした様子もなく、ふーっと小さく息をついた。
「ちゃんと連れて帰れてよかった」
その一言に胸がズキッと斬られたように痛んだ。
いつも迷いなんてなくて、堂々としてる千も、不安だったのかな。
「千、本当にごめんね。もう絶対そばから離れないから」
「離す気もねぇよ」
キザなこと言ってるのに、イチイチかっこよくてドキドキする。
後ろから回された手は、大きくて頼もしい。
何度もオレを救いだしてくれたその腕をぎゅっと抱き返した。
「学校にはすぐ話つけるから、冬休みに入ったら引っ越ししてこいよ」
「……うん」
「次から家に入ったらただいま、な?」
千の少しいたずらっぽい笑顔に、もう一度うんって答えて、大きな胸板に顔を埋めた。
これからは、ここがオレの帰る場所。
頬を包まれて、キスをするのかなって目を閉じた。
ピンポーン
その瞬間、最悪なタイミングで家のチャイムが鳴る。
お互いなんとなく恥ずかしい気がするけど、千は恥ずかしいと言うより、若干イラっとしたような顔をしてモニターに向かった。
荷物かな?
千後ろからチラッと覗くと、そこには蒼羽さんが映っていた。
小さく舌打ちをして、「なんだ」と不機嫌そうに答えられる千にモニター越しに蒼羽さんが「そんな態度でいいのかなぁ」と楽しそうに笑う。
手には大きな紙袋を抱えていてそれをモニターにチラつかせた。
何か思い当たることがあるのか、千はすぐに一階のエントランスの自動ドアを解錠した。
なんだろう。
千にプレゼントかな?誕生日は5月のはずなのに。
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