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お迎え

「やっほー千!この間のリチェールの全裸の絵ちゃんと草薙使って回収しといたよー!」 家のドアが開いて現れるや否や、開口一番、満面の笑顔で放たれた蒼羽さんのセリフに頭をぶん殴られたような衝撃が走った。 脳がフリーズして3秒。 全裸、絵、草薙さん。 もうこれで、その手に持ってる物の予想がついてしまった。 「ありがとう。草薙さんにもよろしく伝えといて」 明らかにさっきより声が低くなったのに、ブツを笑顔で受け取る千に鳥肌が立った。 ちょっと待って。 その絵、オレ結局一回も見てないけどどんな仕上がりなの。 いやでも、全裸だけど、見えるわけじゃないし。 付き合う前の話だし。 ていうかタイミング悪すぎない? ぐるぐる考えて固まるオレの顔を覗き込んで蒼羽さんが綺麗な顔でにっこりと笑う。 「どうしたのー?リチェール、顔真っ青じゃーん」 白々しい! この人悪魔か? 「〜〜〜っ蒼羽さん…!」 「あはは!なにそのブッサイクな顔♪文句があるなら言ってみなよホラホラ〜」 オレの頬を左右にグニグニ伸ばして、いたずらが成功した子供のように笑う蒼羽さんになにも言えることがなくて、悔しいけどされるがまま。 パッと手を離すと、そのままくるっと体を反転させ「じゃあ今日はこれを渡しに来ただけだから」と突拍子もなく帰ろうとする。 待って。お願いだから今千と二人にしないで。 気まず過ぎる。 なんならこの絵持って帰って。 「蒼羽さん!あの、オレ、カクテル作るし、おつまみも作るから。お夕飯べていかない!?」 「いかなーい。下で草薙待たせてるもん。じゃーね、リチェール。今夜のセックスは盛り上がるんじゃない?よかったね」 ちっともよくないよ! ほんとこの人、腹の底が知れない。 最後までにこにこと楽しそうに去っていった蒼羽さんに、千は最初にお礼を言ったっきり何も言わなかった。 嵐が過ぎ去った後の沈黙が肌に刺すように痛い。 いや、大丈夫。オレの絵の完成は見てないけど、新野さんの作品って女性が全裸になろうが、男の人が色々丸出しだろうがちっともいやらしくないし。 その点、オレは隠れてるわけだし。 何よりあの時は、ひどい怪我だったけどその原因となったことはもう解決してるんだし。 「………リチェール」 「っひ、はい!」 色々自分に言い聞かせていたら、後ろから声をかけられ心臓が飛び出すかと思った。 固まる体をなんとか動かして千の方を向くと、紙袋から取り出した絵をオレに向ける。 初めて見た完成した絵が目に飛び込んできて、思わず息を呑む。 それはまさしく、芸術だった。 あぁ、やっぱり全然やらしい雰囲気じゃない。 ていうか、あの人本気ですごい絵描くな。 自分がモデルってこと忘れるくらい、引き込まれるような一枚だった。 「すごい……」 「……絵に感動してるところ悪いんだけど、俺怒ってるんだわ」 思わず千の手元の絵を食い入るように見てると、上から低い声が聞こえてハッと顔を上げる。 やばい。今素で忘れてた。 千もありえないコイツ顔してる。 「……いや、ほら、この絵のおかげで記憶戻したんでしょー?結果オーライじゃない?」 誤魔化すように笑ってみせたけど、千の目が「本気で言ってるなら本気で泣かすぞクソガキ」って言ってる。 口には出してないけど絶対目がそう言ってる。 殺し屋みたいな目しやがって。怖いなもう。 「あ、の……」 「………はぁ、もういい」 何も言えずに固まったオレに千は一つため息をこぼした。 もういいって、どう言う意味? 呆れられた? そう思うと、全身から血の気が引くようだった。 「せ……」 「今更怒っても、新野の前で裸になった事実は変えようがないし。リチェールも次誘われてももうやらないな?」 「う、うん!」 誘われるも、何も。 絵の中のオレは、嬉しいも楽しいも悲しいすら知らなくて、感情が抜け落ちたような表情をしていた。 もう、あんな顔しようと思ってもできないと思う。 「……新野さんはハッコーとやらが好きらしいから、今のオレを描きたいって思わないと思うよ」 千の手から絵を抜き取って、そっとテーブルに伏せて置いた。 それから両手で千の手を掴んで笑ってみせた。 「ねぇ、千。今度は心から言うね。オレ、あなたと出会って世界一幸せ。 オレを幸せにしてくれてありがとう」 全てを投げ出そうとしたあの日の少年はもう居ない。 千は、色々と言いたそうな顔をしながらもどこか切なそうに微笑んでオレを抱きしめた。 「……大切にする」 もう十分、大切にされてるのになぁ。 優しい声に、なんだか涙が出そうになって千の胸に顔を埋めた。 オレも、あなたを幸せにするからね。 ………その後、他の人に肌を見せてムカつくものはやっぱりムカつくと、散々抱かれたことは、しばらく思い出したくない。

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