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痛感
何度も浅い眠りを繰り返して、ようやくはっきり目が覚めた頃には窓の外はオレンジ色に染まっていた。
時計はもう5時を指していて、ホームルームも1時間くらい前に終わってるはずだ。
隣で寝ていた累くんの姿もない、部活に行ったんだろう。
千は、職員会議に行ったのかなぁ。
まだ体はだるく、汗をすごくかいたせいで気持ち悪い。
ふうっと息をついて、額の汗を袖で拭うと、ベットから降りて勝手にミネラルウォーターを冷蔵庫からとりだしこくこく飲んだ。
キツいな。
もう一度解熱剤を貰おうと棚を漁ってるとコンコンとすぐ横のドアがノックされた。
だれかな?
千には出るなって言われてるし。
まぁ、保健室に用があって鍵がかかってるなら職員室に行くだろうと居留守を決め込む。
それでもしつこく、またコンコンとノックがなった。
「先生………いないの………?」
聞こえてきた累くんの声に、どくんっと心臓が跳ねた。
どうしよう?またなにかパニックしてるのかな?
だとしてもオレが出たって逆効果なのはわかるし。
「………ルリくん、いるでしょ?あけて」
名前を呼ばれて、ギクッと体が跳ねる。
持っていたグラスがガシャン!と音をたてて割れてしまった。
やっちゃった。と、深くため息をつく。
オレのこと怖くてパニック起こすのに、なんでオレと二人きりの空間に入りたがるのかわからないけど、ごまかしようもない。
色々考えて、仕方なくドアの鍵を解錠した。
ドアがスライドすると、すでにプルプル震えながら真っ青な顔で累くんが立っていた。
そんなに震えるくらい怖いのに、何がしたいのかな。
ふぅっと小さくため息をついて、怖がらせないように笑おうとしたけど、この間へらへら笑うのも優しくしてくるのも怖いと言われてたんだった。
どうしていいのか困る。
「昼間はごめんねー。累くん、大変だったのにオレのせいで騒がせちゃったねー」
とりあえずあまり目を合わせないように、割ってしまったグラスの破片を一つ一つ拾った。
屈んだ時に頭がぐわんと揺れて、目がくらくらした。
カチャカチャとガラスを重ねる音だけが静かな空間に響く。
「…………グ、グラス、手で拾ったら危ないよ」
小さな声でそう言われ、ありがとうと微笑む。
ほらね、心配してくれる優しい子ではあるんだ。
ただ、傷付いた分いろんなことに臆病になってるだけで。
「大丈夫だよー。……いたっ」
言ってるそばから人差し指を切ってしまい手を引っ込める。
アホかオレ。
なんだか恥ずかしくて、へらっと笑って累くんを見上げた。
「あはは。累くんが心配してくれたのに切っちゃったー。ばかだねぇ」
初めて目があった累くんは、怒りを抑えたように目を座らせてオレを睨み付けていた。
え、と固まった瞬間、累くんがドンっとオレを押して、また頭がぐわんと揺れてしりもちをつく。
「そうやってわざと怪我して先生の気を引くのとかすごく汚いんだよ!気持ち悪い!」
え、え。
てか、累くん、前も思ったけど、ビクビク途切れ途切れに話すときと、キレた時のギャップにが激しくて固まってしまう。
「先生は僕のなの!先生の特別は僕だけなの!ルリくん邪魔しないでよ!
ルリくんには友達もなんでもあるじゃん!僕には先生だけなの!」
目にいっぱいに涙をためて、辛そうに叫ぶ累くんに、どうしようと戸惑う。
体調悪いし、汗も滴り落ちて、呼吸も普通にしてるようにしてるけど、苦しい。
とてもじゃないけど、今は冷静でいれない。
「累くん、落ち着いて…」
「やだ!とにかく先生に近付かないで!
次こんなことしたら、先生とルリくんが付き合ってるのばらすから!」
音量を考えてほしい。
頭いたいし、体だるいし、焦りもあって、込み上げた苛立ちを押さえるように前髪をかきあげてため息をついた。
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