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痛感
リチェールside
「んだとてめぇ!てか、大体なんで俺がてめぇなんか慰めてんだよ!
俺お前のこと嫌いなんだからな!
ルリのことヤリマンクソビッチチビ野郎って言いやがって!!」
「てか僕ルリくんのことそこまで言ってないし!脚色するなよ!」
「あ?淫乱クソビッチ豚だったか?
豚はてめーだろが、チビブタ!!」
「まず豚って言ってないし!!」
「………豚は、言ってないな。たしかに。
あいつ豚ってよりはガイコツだしな」
__________純ちゃん、さっきから聞こえてるし、君の方が酷いこと言ってるよ。
筋トレでも始めようかな…。
廊下から丸聞こえの会話に流れ弾を受けながら切れてしまった手を千に手当してもらっていた。
「………ッ」
消毒液が傷口に沁みて下唇を噛んだ。
ガーゼをギュッと当てられ、ぐるぐると包帯が巻かれていく。
包帯って、大袈裟だなぁ。
そんな事口にできない千の雰囲気に、何も言わないけど。
廊下の二人の会話がすっかり聞こえなくなった頃、傷の手当ても終わった。
「……で、何をどうやったらこういう怪我するわけ」
千の低い声に、つい誤魔化すように苦笑いを返す。
「グラス割っちゃって、拾ってる時に目が回って破片を握ったまま床に手ぇついちゃった」
うん、それっぽい。
咄嗟に吐いた嘘にしては、上出来じゃないかなぁ。
さすがに熱でぶっ倒れそうだったから、気付のためにやりましたなんて言ったら、火に油だよね。
「……お前はいつになったら俺に嘘つかなくなるんだろうな」
「…………なにが?」
全てを見透かしてしまいそうなスカイブルーの瞳に映されて、ここで目を逸らしたら負けだと笑ってみせた。
千はカマかけてるだけだよね。
「今の原野達の会話がここから聞こえてる時点でわからないか?」
「………オレ、自分で思ってるより馬鹿かも」
「今頃気がついたかよ」
思わず頭を抱えて項垂れると、千が鼻で笑ってオレの額にデコピンをお見舞いする。
地味に痛いし。
熱で頭回ってなかった。
会話は外からも筒抜けだったわけね。
「息をするように嘘吐きやがって」
「てへ」
千の冷たい視線に、笑って誤魔化してみる。
この人は誤魔化されてくれないけど。
「俺はお前のもんだって啖呵切ったのはかっこよかったけどな」
千の言葉に顔をあげると、感情の読めない視線がぶつかる。
オレの包帯の巻かれたに手を重ねてそう呟くと、ギリッと力を込められた。
「い……っ!?」
何してんのこの人!
包帯がキツく巻かれてるから傷が開くことはないんだろうけど、涙が出そうなほど痛い。
信じられない思いで千を見上げると、黒くにっこり笑っていた。
「こういう傷作るのは無しにしような」
その魔王のような圧を見せる笑顔に、こくこくと頷くしかできなかった。
舌を噛んだ時も、痛いのに激しいキスをしてきたし、この人いつもは丁寧な治療してくれるのに自傷行為には厳しいよな。
「ほら、帰るぞ」
それでも、まだまだオレに言いたいことはたくさんあるだろうに、全部押し込めるようにため息を一つ吐くと、手を差し伸ばしてくれる。
「うん」
多分、このあとこっちがうんざりするくらい優しく看病してくれるんだろうな。
厳しくて、優しい。そんな人。
もうオレなんかよりももっと別のいい人と一緒になった方がいいとか、馬鹿なことは考えない。
もうとっくに譲れない存在になっていたんだね。
累くんと言い合って、言葉にしたら、どこか覚悟が決まった。
この人をオレが幸せにするんだって自信を持って言えるくらいいい男になる。
だから、どこにも行かないでね。
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