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コタツ

予想通り、とぼとぼ帰ってきた純也の顔は暗い。 また母親が帰ってきてたあとなど、なかったのだろう。 「純也おかえりー!寒いよー、早く入って」 ボタンで操作してドアを開けて待ってると純也がぼふっと力無く助手席に座り込む。 髪についてた雪を指で払って、車を発進させた。 「純ちゃんお腹すいただろ。 さっき純也待ってるときにさぁ焼き芋通ったんだよね。追いかけて食べようか」 「……みっつ」 「あはは!食いしん坊だなー。 晩飯食べれなくなるからせめて2つにしときな」 少し表情が和らいだのを確認して少し走らせると、一方通行の道ですぐ焼き芋の車に追い付いた。 「いたいた。 俺、車離れられないから純也行ってきてー」 「ん」 財布ごと渡すと、純也が素直に頷いて車から降りる。 寒がりで、さっきまで落ち込んでたくせに食べ物のことになると、素直になるから可愛くて仕方ない。 おじさんから焼き芋の入った紙袋を受けとり、嬉しそうに笑う姿を俺にも向けてくれたらいいのに。 「ありがとー。寒かったろ」 「別に。焼き芋温かいし」 戻ってきた純也の頭を撫でても、今は焼き芋に夢中で振り払われることはない。 早速おっきい芋をひとつ取り出して、皮を剥き始めた。 「おー、いい匂い。俺も早く食べたーい」 「ほら、雅人の分」 ぶっきらぼうに差し出された半分剥かれた焼き芋に目を丸くする。 「え?俺の?わざわざ剥いてくれたの?」 「うるせーな。お前の金で買ったのに先に食ったらさすがに申し訳ないだろ。早く受けとれよ」 顔を赤くして上目使いで睨まれても、怖くもなんともないし、むしろ愛しい。 ありがとうと、受けとると、純也も自分の分を剥き始めた。 一口かじって、表情を柔らかくする。 「純也、うまいな」 「ん。俺あと3個は食える」 「あはは!お腹壊すなよー」 かわいいなぁ。 傷付きやすくて、立ち直りやすい。 怒りっぽくて、優しい。 良くも悪くも素直すぎるこの子が可愛くて仕方ない。 家について、すぐ純也がエアコンとホットカーペットをいれる。 そんなに寒いかな? 「先にお風呂入っておいでよ。 お風呂で暖まってるうちに部屋もあったかくなってるでしょ」 「わかった。今日の飯なに」 焼き芋食べたばっかなのに、もうお腹すいたのかな。 こいつ小さいナリして結構大食いな方だと思う。 一回の量は普通だけど間食とか割と多いし。 「うーん、カレーとかどう?」 「人参いれるなよ」 「はいはい。 今度キャロットケーキ作るから、それは食えよ」 「それにも人参は入れるな!」 「おばかなの?」 バカとはなんだてめぇ!とぎゃんぎゃん騒ぐ純也を尻目に野菜の皮剥きから始めると、純也はふんっと踵を返して自分の着替えを掴むとお風呂場に向かっていった。 プンスコ怒るとこもかわいいと思うなんて、重症だ。 トントンと野菜は出来るだけ小さく切って、すりおろしたリンゴとハチミツも入れる。 俺はどちらかというと辛いものも好きだけど、純也とご飯を食べるようになってからはもうずっとお子さま味覚なものばかりだ。 そしてそれが、楽しいとも思う。 担任になって、初めて引きこもりそうだった純也の家にプリントを届けに行った日、インターフォンを馴らすと、すがるような顔で勢いよくドアをあけた純也が見せた絶望した顔がずっと頭から離れない。 今思うと、あれは母親を待ってたんだよな。 俺ならさ、ご飯だって作ってやるし、甘やかしてやれる。 純也に寂しい思いをさせないから、あんな顔、もうしないでほしい。 一人が寂しいからっていつかみたいに阿呆みたいな連中とつるまないで、俺といたらいい。 純也が俺を好きになんてならなくても寂しい思いはさせないし、守ってやるのに。   そう思うのに俺は純也に笑顔を向けられたことがまだ一度もない。

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