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コタツ
「そういえば、純也……」
「なに」
泣きそうなことを知られなくなくて、冷たく答えてしまう。
母さんは少し黙って、やっぱりなんでもない。と言ってしまった。
「じゃあ、生活費いつもの分いれといたから、足りなくなったら連絡しなさいね」
ああ、電話が切れてしまう。
三ヶ月ぶりの会話はなんてあっけないんだと、乾いた笑いが込み上げた。
「また男といんのかよ?」
「うん?今度あってみる?いい人よ」
どれだけ無神経なんだと胸がいたんだ。
あんたがその人といるから俺はあんな狭い家で一人でいたのに。
そんなガキじみたことはもう言わない。
「バカじゃねぇの。好きにしろよ」
ムカついて、感情のまま通話を切ってやった。
雅人が心配そうに俺の顔を覗きこむ。
そんな顔で見るんじゃねぇよ。イライラする。
こんな母親の元に生まれて可哀想だと思ってるんだろ。
"純也、ごめんね。今から公園いこう?"
日曜日に連れていってくれると約束した動物園はいつも二日酔いで夕方からの公園になった。
授業参観の時、一人派手な格好で来る若い母さんが常識がないと言われてるみたいで恥ずかしかった。
それでも、
"純也、だいすきだよー!母さんの宝物!"
俺は愛情だけはもらってる、つもりだ。
けれどだんだん離れていく距離に、子供みたいに構ってほしいと問題を起こすのは、もう無理なのだろう。
母さんは俺の自立と、自分の自由を願ってる。
俺の年ではもう俺がいたんだ。
その年になってわかる。16歳なんて当たり前に子供で、無力だ。
だから、感謝してる。
そう自分に言い聞かせて、俯いた。
「もう、寝る」
このままでは雅人に当たってしまいそうで、立ち上がる。
お母さん、何て言ってた?
心配してたんじゃない?
たとえば、こんなことを聞かれたら惨めだ。
「純也」
呼び止められて、小さく舌打ちをする。
空気読めねぇのかよ。
振り替えって、「なに」と短く答えた。
「コタツ届くから、明日くらい遅くまでDVDでも見て夜更かししような」
予想と違い、雅人は柔らかく微笑んでいた。
なんだそれ、と吐き捨ててさっさと寝室に向かう。
後ろからおやすみーと声が、聞こえたけど答えなかった。
寝室はすごく寒い。
エアコンを急いでつけて、まだ冷たいベットに潜り込んだ。
昔はよく母さんとエアコンのない部屋で一枚の布団の中で寒いねと笑ってた。
二人ともたくさん厚着したから、布団の中はぎゅうぎゅうで、くっついて寝た。
いつからだろう。
冬を一人で膝を抱えて過ごすようになったのは。
寒さで震える指を動かして、母さんにメッセージを作成してみる。
『俺、今担任の先生と住んでるよ』
こう打てば、何があったか不安になり、母さんはすぐ電話を掛けてくるだろう。
その不安は、心配じゃなくて保身の感情だよね。
アホらしい。とその文を消す。
『最近、勉強がんばってるから進級できそうだよ』
これではどうでもいいと返信さえも来ないだろう。
『飲みすぎて体壊すなよ』
がらじゃない。また消す。
『母さん、俺』
この先の文が思い浮かばずついには電源を切った。
母さん、今、誰といるの。
"お父さんいなくて、寂しい思いさせてごめんね"
いつだったか、それも思い出せないけど、泣きそうな顔で笑った母さんのいつかの顔がずっとこびりついて離れない。
母さん、たしかに父さんがいなくて寂しくもあったけどさ。
俺は母さんがいたらそれだけでよかったよ。
酔って男を家に連れ込んで、寂しいと泣く母さんの姿にひどく裏切られた気分だった。
俺は母さんがいたらそれでよかったけど、母さんは俺じゃダメだったんだ。
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