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コタツ
「まさひとぉ~!んもう久しぶり!」
しばらくしてすぐに甘ったるい声が聞こえた。
「うわ、亜夢近い!てか酒臭い!未成年の癖になに飲んでんの!」
「雅人が構ってくれないからその辺の親父と飲んでたの!」
その辺の親父って。
やることはみんな変わらないもんだな。
俺だって、一人が寂しいからって暇を潰すためなら誰でもよかった。
……てか、酒の匂いがわかる距離って中々近いよな。どうでもいいけど。
「ばかなの?てか、俺今好きな子と一緒に住んでて、その子寝てるから静かにしろよ」
「は?なにそれ?」
「そのままの意味だけど」
胸がドキッと跳ねる。
好きな子とか、言うなよ。
『泊まってて』じゃなくて『一緒に住んでて』ってことがイチイチ嬉しいなんてどうかしてる。
「ありえない!ちょっとその女の面拝んでやる!」
「コラ、そういうことするなら出てってもらうよ。
今日その子色々あって落ち込んでるんだからやめてよね」
「なにそれ!あたしの気持ち知っといてひどくない?」
「いきなり来たのはそっちだろ?」
いつも穏やかな雅人の口調が厳しく、俺までドキドキしてくる。
喧嘩するくらいなら、俺全然今からでも出ていくのに。
「あたしは雅人が好きなの!わかってるでしょ?」
どくんっと亜夢さんの言葉に心臓が揺れる。
好き?亜夢さんが?………妹、なんだよな?
もういっそ、眠ってしまいたい。
こんな会話俺が聞いていていいはずないんだ。
「俺は亜夢のこと妹としか見れない」
「血は繋がってないでしょ!?
雅人だけだよ!みんなのこと家族家族って言うの!」
なんなの?
段々話が見えなくなっていく。
とにもかくにも、これは俺が聞いていい話じゃないってことだけは、わかる。
『ルリ、今から会えない?』
もう外に出てしまおうと、なんとなくルリに連絡をする。
メッセージを入れると、すぐに既読がついて返信が届いた。
『いいよ。今ちょうどバイト終わって千が迎えに来てくれるの待ってるところだった。
そっちの近くまで迎えに行くから純ちゃん一人でふらふらしてたらだめだよ』
もう夜の10時で、いきなりなのにルリは受け入れてくれる。
胸のモヤモヤが苦しくて、とにかく雅人と亜夢さんから離れたかった。
ジーンズに履き替えて、厚手のパーカーを羽織って、ベットサイドにルリの家に泊まると書き置きを残してそっと寝室を出た。
そのまままだ揉めてるリビングのドアの前を音をたてないようにそっと通り抜けようとした瞬間、カタンと音がなってしまった。
「純也?」
名前を呼ばれギクッとする。
バレたなら仕方ないと、そのまま玄関まで走り抜けようとした。
「こら、こんな時間からどこ行くの!」
もう少しでドアに手がかかるところで雅人に捕まってしまった。
会話を聞いていたことがバレて気まずい。
「え、なに?好きな子って男なの?」
亜夢さんの半笑いの声が聞こえる。
まるで、俺が男であることをバカにされてるようで、ムカつく。
振り返ってみた亜夢さんの顔は、雅人とは全く似てなくて、金髪のボブにギャルっぽい化粧で、俺と同じ年くらいに見えた。
「純也、騒がしくしてごめん。起こしたな」
雅人が優しく俺を撫でる後ろで亜夢さんが俺を鋭く睨んでいる。
家族が来てるのに、俺は邪魔だよな。
「離せよ」
「離さないよ。こんな時間から出ていかないで。お願いだから」
優しい目をする雅人に、胸が締め付けられる。
「ルリに会いに行くだけ」
「またルリ君?
純也ってさ、弱ったときはいつもルリ君だよね」
ムッとしたような顔をする雅人に、何で怒るのかわからず戸惑ってしまう。
心配させないように言ったことなのに。
大体、家族がいるならそっちを優先すればいい。
妹に好きとか言われてさ、一大事だろ。
ゆっくり話し合えよ。
「俺なんか気にしてる場合じゃないだろ」
「純也のこと一番気にするに決まってるでしょ?
お母さんのことで落ち込んでるのはわかるけど、俺のそばにいて」
母さん?
言われて、ハッとした。
うん、俺母さんのことで今の今まで落ち込んでたよな。
それがもう雅人と亜夢さんのことでいっぱいいっぱいになってたことに気がついて衝撃を受けた。
「純也?なんか、顔赤いけど大丈夫?」
呆然としてると、心配そうに雅人が額に触れようとしてきて、とっさにその手を叩き落とした。
「うるせーな!!!ほっとけよ!!!家族にこんなに慕われてるお前に俺の気持ちなんかわかんねぇだろ!!お前といたらイライラすんだよ!!」
胸のモヤモヤの意味がわからずその苛立ちを雅人にぶつけてしまいハッと顔をあげた。
雅人は、すこし悲しそうな顔をして固まっていて、胸がチクと痛んだ。
「っ、ごめ」
その後ろから亜夢さんがパタパタと駆け寄ってきて、パンと頬を叩かれ顔が横を向く。
「雅人のことなにも知らないくせに!!!」
「亜夢!!」
雅人が俺から手を離して、掴みかかろうとする亜夢さんを押さえた。
頬がじんじん痛くて、それ以上に胸もいたくて、そのまま玄関から飛び出した。
後ろなら俺を呼ぶ声が聞こえたけど、夢中で走り抜け、さっき亜夢さんが来たからか、ちょうどこの階に止まってたエレベーターに乗り込んだ。
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