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コタツ

ルリの表情がふわっと明るくなる。 「見てたらわかるよ。 だって純ちゃん、学校でもいつも雅人さんばっかり目で追ってるもん」 そう言われて、なんだか無性に泣きたくなった。 好きだと言ってくれた雅人に、気持ち悪いと吐き捨てて、でも図々しくそばに居座って。 出ていかないでと引き止めてくれた雅人に、暴言を吐いて振り払って。 雅人はもう俺なんかいやになったかもしれない。 「原野。今佐倉に連絡したけど、落ち着いたら電話しろって」 風呂上がりの月城がスマホ片手に戻ってきた。 ルリが俺を撫でながら立ち上がる。 「千、ありがとう。飲み物なにがいい?」 「いい。お前は原野と話してろ。 佐倉からちょっと聞いたけど、今日結構ショックなことあったんだろ? 落ち込んでるのに騒がしくして悪かったって心配してたぞ」 なに心配してんだよ。ばか雅人。 母さんのことショックだったことより、お前の悲しそうな顔の方が今はずっと痛いっての。 「明日の朝、迎えに来ていいかって。ちゃんと連絡してやれよ」 「……わかった」 素直に頷くと、ルリがにこにこ笑う。 俺は男だから、普通に女がいいと思うし、男と付き合うなら、がんばってもルリみたいな男っぽさがない可愛いやつがいい。 それなのに、逃げ出した俺を明日の朝迎えてくれるという雅人に、どうしようもなく会いたいと思うなんて、これが好きという感情なら中々厄介だ。 「問題はその亜夢さんって人だねー。 雅人さんとどんな関係なんだろ」 ルリがココアの入ったマグカップに唇をつけてむーっと顔をしかめる。 「んー、親同士が再婚して連れ子か、雅人さんか亜夢さんのどちらかが養子か、二人とも施設かのどちらかだろうね」 「………え?」 「血は繋がってないでしょ?ならこんなところじゃない?」 「お前頭いいな」 さすが学年首席だと思う。 よくそんなスラスラ思い付くよな。 俺が冷静じゃないのかもしれないけど。 「まぁどっちにしても、雅人さんは相手にしてないんでしょ?大丈夫だよー。あの人たまに怖いくらい純ちゃん大好きじゃん」 ルリが柔らかくふわっと笑う。 ルリが大丈夫だって笑うと気持ちが軽くなるから、俺も素直に頷いた。 「でも、雅人のことなにも知らないくせにってビンタされた。俺気持ちで亜夢さんに負けてる気がする」 「でも今は知りたいって思うんでしょ? 明日は雅人さんと時間をかけて話し合わなきゃねぇ」 出来るだろうか。 雅人の前じゃ特に気持ちの制御ができない。 暴言を吐かずに、雅人の話をちゃんとゆっくり聞きたい。 他の誰よりも雅人を知っていたいと思える。 「ルリは妬いたりしないの」 こんな嫌な感情になるのは俺が性格悪いからなのだろうか。 「え?全然妬くよー?千モテるし毎日心配つきないよー」 あははと軽く笑いながらルリはまたココアに一口、口をつけた。 月城はたしかに学校一の美顔と言われて、一番モテるらしいけど、ルリだってそこらのやつなんて目じゃないくらい綺麗だし、心配はいらないと思うけど。 「本当にね、人を好きになるなんていいことばかりじゃないよ。 悲しいことも増えるし不安もつきないし、欲深くもなるし。 オレ、昔ビッチだったんだけどさ、昔はそれでいいと思ってたのに今さら過ぎたことの後悔だってするしね」 ルリが悲しそうに苦笑して、なんて声をかけていいのか戸惑う。 その過去の話は掘り下げていいのだろうか。 「でもね、オレ千を好きになってよかったよ。やきもちで苦しくても、後悔することが尽きなくても、オレはやっぱり千がいい」 ああ、月城に聞かせてやりたい。 あいつなんで席離してるんだよ。 ルリが人差し指を唇に当てて恥ずかしそうに笑う。 「千には内緒だよ?」 俺、雅人を好きになる前なら、きっとルリに恋してたと思う。 くらっとくる可愛さに、すこし月城が羨ましくなった。

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