287 / 594

喧嘩とクリスマス

「千!」 ハザードを点滅させて、路肩に停車してる車に駆け寄ると、千が呆れたように笑った。 「犬かお前は。コケるなよ」 「今日早くお仕事終わったのー?乗っていいー?」 千が早くしろと、言ってくれて暖かく暖房のきいた車内に乗り込んだ。 ちょうど車の列が途切れたのを見計らって車が走り出す。 「オレも早く免許とりたいなぁ。 原付きだけでも先に取っとこうかな? 車の免許とるとき学科免除になるんだよねー?」 「だめ。それ勘違いしてるやつ多いけど中型免許じゃなきゃ免除にならないし、原付きになんて乗せるわけねぇだろ」 「えー!オレバイクに乗りたい!」 「だーめ。あんな危険なもの乗せるわけないだろ」 「……蒼羽にめっちゃヤンチャそうな千がバイク乗り回してる写真みせてもらったことあるんだけど」 「時代が違うだろ。とにかくダメ。この話は終わりな」 過保護すぎる千に呆れていると、わしゃわしゃ頭を撫でられた。 しかもオレくらいの時の千の写真、めちゃくちゃ悪そうだったよな。よく今の仕事に就けたものだよ。 「拗ねんなよ。春休みには免許とるんだろ」 「うん、そしたら運転交代交代して遠出しようね」 「初心者の運転か。怖ぇな」 ははっと笑う千に、一々ドキドキする。 千を好きだと自覚したときからなにも変わらない、未だにオレはこの人の一つ一つのしぐさに何度も恋に落ちてる。 「そういえば、その花どうした?えらく不格好だな」 「もう少しで男の二人暮らしになるんでしょー?むさ苦しさ軽減させるために買ったんだけど、落としちゃったー」 手のなかのブーケの形を少し整えたけど、やっぱりまだ不格好だ。 「でも花瓶ないからドライフラワーかなぁ」 「買いにいくか?ちょうど昨日マグカップ割ったから買いにいこうと思ってたし」 「え、いいの?てか、マグカップってどのマグカップ?」 千の家のマグカップは4つだけだ元々あったシンプルなもの二つと、オレが選んだ猫と羊のマグカップ。 ちなみにオレが気に入って使ってるのは羊のものだった。 「羊のが割れた」 「えー!ショック!てかそれオレ専用なのになんで使ったのばかー!」 「買いにいくんだからいいだろ。機嫌直せよ」 どうでも良さそうに笑う千に、まぁ千が買ってくれたものだから、気に入ってたけど仕方ないなと思う。 それより、今から二人で買い物に行けることが嬉しかった。 学校から少し離れたデパートに来て、ガラスコーナーに向かった。 男二人だから買い物に時間もかからず、マグカップも花瓶もさくさく決まって購入する。 「他になにか見たいのあったか?」 「んー、特にないかなぁ。 あ、ツリー見たい。家庭用の小さいの」 「ツリー?あっても邪魔なだけだろ」 「えー?二人で過ごすはじめてのクリスマスだよー?気合い入れてるのー」 「まぁリチェールがほしいなら買ってやるけど」 「だめ!オレ自分で買うもん」 「どうせ俺ん家に置くもんだろ?」 すぐにお金を出そうとする千に、首を降ると、理解ができないと言うように見下ろされる。 千は大人だから、少しでも背伸びして隣に立ちたいオレの気持ちわかんないかなぁ。 「じゃあクリスマスは、千がチキン担当ね。もう予約してるから受け取ってきてー。 で、オレがシチューとケーキとツリー担当ねー」 「本当に気合い入ってんな」 千が呆れたように、でも優しくふって笑う。 「うん。ほら、千もだと思うけど、うち家族でクリスマスとか祝ってこなかったからー。だから二人で今までためた分利息つきで楽しもうねー」 「はいはい。で、ツリーってどこで売ってんの」 ぽんと頭におかれた手は大きくて、胸がきゅうってなる。 千はこうしてオレのわがままをなんでも聞いてくれるんだ。 「うんとねー、たしかエレベーター前にマップなか……っ」 突然止まった千の背中にぶつかって言葉が途切れる。 なに?と千を見上げると、一点をとらえて固まっていた。 その視線を目で追うと、狐目の中年の男性と若い男の人が千を見て立ち止まっていた。 え、だれ?知り合い? 「千、こんなことろで奇遇だね?」 狐目の男性が千を見て穏やかに微笑む。 やっぱり知り合いだったんだと咄嗟に千のうしろに隠れてしまった。 学校関係者だったらと思って隠れたけど、よく考えたら、休み明けからは正式に学校側にもオレと千が暮らす事伝えるわけだし、隠れた方が不自然だったかな。 千を見上げると、何の感情もなく冷たい愛想笑いを浮かべて口を開いた。 「ご無沙汰してます。父さん」 その言葉に心臓がどくんっと大きく跳ねた。

ともだちにシェアしよう!