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喧嘩とクリスマス

「おい、リチェール。さっきのなんだよ」 失礼しますと、きちんと会釈をして千の父親から離れて少しすると、低い声で千に手を捕まれた。 「なんだよ?こっちの台詞なんだけど。さっきのなに?」 振り返って睨むと、千が一瞬眉をピクッと潜めて、はーっと深く息をついた。 「もうかなり昔のことだし、今はああやって偶然にでも会わない限り関わることもない。 他のやつがいるならあいつに合わせて愛想よくするのが一番めんどくさくないだろ」 「なにそれ。千のお父さんだからあんまり悪く言いたくないけど、腹立つんだけど?」 「暴力っつったって中学に上がる前のかなり昔の話だぞ。 俺も気にしてない。だからリチェールも気にすんな」 気にするだろ。 オレだって父さんに色々乱暴にされたけどさ、跡に残るようなのはない。 あんなに何年たっても残るような無数の傷、さぞ痛かっただろう。 中学に上がる前に千に体格で負けるようになったからビビったんだろ。 あんなやつ、ただの卑怯者の弱虫だ。 それを何もなかったように、のうのうと、あの男は。 「面倒事嫌いなんだよ。わかるだろリチェール」 「……なら、オレの親のことだって放ってたらよかったんじゃないの」 「はぁ?」 千の声が低くなる。 少し怖かったけど、ぐっとたえて言い返した。 「オレの親のことだって、もうオレからしたら納得してる事だったよ」 違う。この事は感謝してるはずだ。 そのおかげで今日本にいれるっていうのに。 「なぁそれさ、付き合ってる俺に言ってるわけ。お前が親父とヤッてる現状そのままにしとけって?」 千がだんだん本気で怒って来てる。 胸ぐらを掴まれてぶつかった視線に、負けじと睨み返した。 「同じ事だろ。なんで千がオレの家庭に口出しできて、オレは口出ししちゃダメなの」 「俺は自分で解決できる。お前は自分じゃ何にもできないガキだからだろうが」 「なんでそうやって千はさ……っ」 オレを対等に見てくれないの。 オレだって、千にあんな事した親に千はオレがもらうからなって言ってやりたい。 千を傷つけられたことが悔しいのに。 オレが、子供だから? 「てか、お前そんなにガキ臭いこと言うようなやつだったっけ?」 千の一言にカッとなって、持ってた花束をバシッと投げつけた。 「あんたがガキ扱いするんだろ!クソジジィ!」 今、自分が冷静じゃないことくらい千に言われなくてもわかってる!

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