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喧嘩とクリスマス
「で、でぃす、うぉしゅれっとるーむ、いず、まん!!!」
え?え?なに?
でぃす?This ?英語?
文法も発音もめちゃくちゃで聞き取りにくい。
「あの、すみません。オレ、日本語話せます」
申し訳ない気持ちもあったけど、拙い英語を聞き取る自信もなく、素直に話すと、相手は少し恥ずかしそうに笑いながらほっと息をついた。
「そうなの?あはは。ごめんね。
ここ、男用のトイレだよ?女性用はとなり」
「え」
わかりますけど。
は?なに、オレはまた女の子に間違われたの。
周りを見ると、他の人たちもオレを見て少し顔を赤くしてることに気がついてカッと顔が熱くなった。
「オレ、男です!!」
わざと声を張り上げて言うと、周りからはえー!という声が上がるし、男性は動揺したように目を泳がせるし、恥ずかしくてうつむいてしまった。
ぺこっと会釈して中に入ると、注目されるのがわかり、そのまま個室に逃げ込んだ。
元々、千に会う前に鏡で表情を作る確認をしたかっただけなのに。
壁に持たれて、深くため息をついた。
結局、用も足さないまま、三分くらいスマホをいじって時間を潰した。
そろそろ、さっきの人たちいなくなったかなって、個室のドアを開けた。
「えっ」
個室の前では、さっきの中年の男性が聞き耳を立てるようにベッタリ張り付いて立っていて、思わず体が硬直する。
「……………な、に、してるんですか」
幽霊とか、そう言うものを見た時のような恐怖に、思わず言葉が遅れる。
「………あ。いや、ほら、キミが本当に男の子か心配でさぁ。おじさんここの警備員だから」
しどろもどろ目を泳がせながら言うおじさんに、背中に冷たいものが走る。
さっき2、3人いた男の人たちはオレが入って、気まずかったのかさっさといなくなっていてこの場にこの人と二人きりなことに危険を感じた。
「あの、オレ、本当に男なんで……」
さっさと通りすぎようとした腕をガシッと捕まれ、びくっと体が跳ねてしまう。
「でも違ったら、キミは痴女だよね?
調べないとなぁ。おじさんそれが仕事だからさぁ」
「っだから本当に、オレ───っ!」
叫ぼうとした口にハンカチを詰め込まれ声が掻き消される。
そのまますぐ後ろの個室に押され、素早く後ろ手で鍵を閉められてしまった。
な、なに。こんなところで。
全身に鳥肌が立って、体が固まる。
「大丈夫大丈夫!こわくないよ!
おじさん変な気持ちでしてないからね。仕事で、ちょっと体調べるだけだから」
声をあげようにも、ハンカチを突っ込まれた上に手で押さえられて敵わない。
蓋の閉じた便座に押されて、乱暴に上から押さえられて手が震えた。
仕事?何が?
オレ、今どうなってるの?
頭が混乱してよく働かない。
だって、こんなすぐ人が来るようなところで、たしかにやましいことならするはずない、かも。
固まるオレの前に膝をついておじさんがにっこり微笑んだ。
「お願い。おじさんの仕事邪魔しないで?
おじさん好きでこんなことしてるんじゃないよ?仕事だから。
これは日本のルールだからね」
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