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喧嘩とクリスマス

「で。何があった?」 駐車場に向かいながら逃げようのない笑顔で切り出された。 何もないと誤魔化してしまった手前、今さら言うのも、おかしな気がする。 第一、向こうは仕事だと言ってたし、なにかされたと言うには微妙だった。 とはいえ、隠してた事がバレて、口を聞いてもらえなかったこともあるし。 「リチェール? 言わないなら、無理矢理吐かせるけど。 俺にそんなことさせないよな?」 なんでそんなに確信をもって言えるんだろう。 オレ、絶対顔に出てない自信あるのに。 「あのね、ちょっと疑問が残ってるだけで、何かあったって訳じゃないんだけどね……」 観念してぽつぽつ話し出すと、千が雰囲気を柔らかくして「うん」と優しく頭を撫でてくれる。 「トイレに入ろうとしたら、女子トイレは隣だよっておじさんに声かけられてね」 「………うん」 「今笑ったでしょ」 「笑ってねぇ」 じとっと千を睨むと、口元を隠して目をそらされる。 オレからしたら女の子に間違えられるの笑い事じゃないんだからね。 「それで、他の人もオレが女だと思ったみたいで、わたわた出ていっちゃって、オレも気まずいから本当は手洗いたかっただけなんだけど、個室にこもったんだよね。 しばらく時間潰して、そろそろさっきの人たちいなくなったかなーって出たら最初に声かけたおじさんが立ってて、個室にまた連れ込まれてさ」 「はぁ?」 千の声が一気に低くなる。 笑顔はもうなく、ただただ静かな怒りに言葉がつまった。 「続けろ」 「え、と。あのね、おじさん、警備員らしくてね、仕事だから、オレが痴女じゃないか調べる必要があるって言われて、仕事なんだから抵抗するなっていわれて、それで」 しどろもどろになりながら早口に言うと、どんどん千の表情が険しくなっていく。 さっきまで笑ってたくせに、この温度差が余計にこわい。 「それで?」 冷たく見据えられて、びくっと言葉が飛ぶ。 「それで、あの、えっと、調べられて……」 「どうやって調べるんだよ」 「み、見られたり、触られたり……?」 ビクビクしながら千を見上げると、すっと息を飲む瞬間だった。 「お前は馬鹿か!」 「ひ……っ」 初めて怒鳴られて、心臓がぎゅっと捕まれたように跳ねる。 千の迫力に、ぶわっと涙が溜まった。 「だ、だって向こうは仕事だって言うし……何かされた訳じゃないし……っ」 潤んだ視界で、必死に涙をこぼさないようにいいわけを言うと、イライラしたように千が頭をかいた。 「されてるだろ!」 「で、でも、挿れられたり、フェラとか、触らせされたり、してないよ? 向こうが感じることはなにもされてないし、本当に見られて少し触られただけで……」 「っおまえは………」 千の顔が強ばった。 オレ、なにかおかしいこと言ってる? さっきのことのショック引き続き、千の怒りで頭が混乱してるわ、体は震えるわで正直全然冷静じゃない自覚はある。

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