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喧嘩とクリスマス
千side
自分のことを棚に上げて、リチェールをひどく傷付けてしまった。
俺だって本人が望んでなくてもリチェールの親のことにガンガン首をつっこんだくせに、リチェールにあんな言葉まで言わせた挙句、腹が立って胸ぐらを掴み上げてなにが大人だよと嫌悪する。
明日のクリスマスが楽しみだと鼻歌を歌っていた姿を思い出して胸が締め付けられた。
せめてリチェールが買おうとしていたツリーくらい準備して、家まで迎えに行こうと思ってると相手から先に仲直りしたいとメッセージが入った。
喧嘩したって別れるわけじゃない。
そう思っていたはずなのに、メッセージが届いてホッと胸を撫で下ろす。
俺もちゃんと謝ろうと駐車場に向かうと、ひどく動揺したリチェールとぶつかった。
俺との喧嘩が原因かと思ったけどこの青ざめ方は父親や秋元に乱暴された後のような怯え方に似ていた。
隠そうとするリチェールからようやく聞き出した話に、こめかみが軋んだ。
ちゃんと仲直りしようとしていたはずなのに、ほんの一瞬目を離した隙に変なのに目をつけられた事に、さっきのやりとりを全て忘れて怒鳴りつけてしまった。
こいつはよくそういうのに引っ掛かる。
元から危険な容姿だと思ってたけど、最近はさらに妖艶な雰囲気を出すようになった気がする。
大体、リチェールは色んな自覚が足りない。
容姿だけじゃなく、自分が怖がってることや、親父さんや今までのことをトラウマになってること、それから自分に向けられた感情に疎すぎる。
バイト先の先輩の元カレやら、原野の時やらを思い返すと、咄嗟の判断は悪くないし、喧嘩だってまぁ弱くないんだろうと思う。
その自信から来てるのか、リチェールは自分になにかあったとき、フリーズして動けなくなることに、気付いていない。
俺に対してですら未だにいきなり引き寄せたりすると、怯えたように息を飲んで体を硬直させる。
すぐに笑って誤魔化すリチェールを見て、そのうち馴れたらいいと思ってたけど、こう言うことがあると、そうも言っていられない。
「せん……怒んないで………」
不安そうに俺を見上げる顔に、深くため息をついた。
怒りたくて怒ってるわけじゃない。
できるなら甘やかしてやりたいけど。
28年間、人を好きになったこともなければ、まともに恋愛をしてこなかった俺はいつもリチェールを怯えさせてばかりだ。
わかってる。
リチェールの家庭環境を思えば、セクハラに鈍感にもなるだろう。
でも、多少の疑問を持ちながらも流されたことや、隠そうとしたことにどうしても苛立ちを感じてしまう。
「……千、ごめんなさい。相手も仕事だからって言ってたから、被害妄想するの恥ずかしいなって思って……」
被害妄想もなにも。
相手が警備員だって言うのも疑わしいのに、十分なことをされといて、バカかこいつは。
よっぽど、他人が自分にそういうことをやましい気持ちでしてくることが頭にないのだろう。
ちらっとリチェールを横目で見ると、小さな体を震わせて、涙を懸命に堪えてる姿に胸が痛む。
なんでセクハラには耐えて、俺が怒ると泣きそうになるんだよ。
俺だって、本当は甘やかしてやりたい。
モールの警備側にこういう不審者がいたことは伝えるにしても、相手はすぐにはみつからないだろう。
どうしてもイライラしてくる。
「リチェール。いい加減お前はもう少し危機感を持て。
正直田所のときからなにも変わってないぞ」
「え?」
「あの時も男なのに電車で痴漢にあうなんて恥ずかしいとか言って俺に黙ってただろ」
「…………ごめんなさい」
謝る相手を攻めるなんて、本当はしたくないけど、リチェールが本当に反省してるか怪しい。
俺が怒るから、そのことで不安でいっぱいでとりあえず謝ってると言うことが伝わってくる。
はぁっとため息をつくと、リチェールの腕をつかんで引き寄せた。
びくっと体を揺らしたけど、片手で抱き締めると、緊張がほぐれていくのが伝わる。
「相手がいないからってリチェールを怒って悪かった。
ただな、俺の気持ちも分かってくれ。
いい加減もう少し厄介なのに目をつけられる自覚をもってほしいし、自分に起きたことを大したことじゃないと思うこともやめろ」
「………ごめ」
「謝らなくていい。怒ってねぇよ」
いや、怒ってるけど。
リチェールに対してじゃない。
俺が怒るとびびって話も入らないようなこの小さな生き物は、本当に取り扱いに困る。
「俺以外に触られるのいやなんだろ?」
車について、そう尋ねると俺を見上げた顔はまだ潤んでいて、目元にキスをする。
「……うん、千にしか触られたくない」
「なら触られるな。それと隠すな」
「だって、千に呆れられたくない……。オレ男のくせに情けないじゃん。
………こんなダサいところ千に一番見られたくない」
リチェールの考えなんて手に取るようにわかるけど。
迷惑かけたくないとか。何度目だよ、いい加減呆れられるとか。男のくせに情けないとか。
そういうところが、リチェールの強さでもあって、弱点でもあるんだけど。
「リチェールが女顔で、俺が絡むと泣き虫で、男にたいして恐怖心があって、びびりなことぐらい全部知ってるよ。
知ってて好きだって言ってんだから、黙って俺を頼ってろ」
柔らかい髪をゆったり撫でると、恥ずかしそうに戸惑う姿をいじらしくおもう。
こーゆー表情をするようになったから、変なのが寄り付く頻度が増したのかと思うほど可愛い。
「ちゃんと頭がいいとこも、我慢強いところとか、健気なとこもわかってるから。
リチェールは強いよ。でも俺を頼れ。いいな?」
「………はい」
ぎゅーっと細い手を回して抱き付いてくる小さな体を包むと、相変わらず折れそうなくらい華奢で、そっと背中を撫でた。
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