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喧嘩とクリスマス
男は大柄な警備員に連れていかれ、もう一人の警備員が帽子をとって深く頭を下げてきた。
「すみません!あいつは中性的な子を見ると、手を出してくるやつで逮捕歴もあるんです。
警備員にも呼び掛けて出入り禁止にまでしたんですが、最近見かけないから油断してました。
何かされませんでしたか?」
リチェールと子供を交互に見て警備員が何度も頭を下げる。
まぁ俺は中性的なわけないよな。
「オレは大丈夫ですよー。
キミは大丈夫ー?あのおじさんに嫌なことされてない?」
前半は警備員に、後半は抱き抱える子供にへらりと人当たりのいい笑顔を見せる。
されただろ。
言いたくない気持ちはわかるけど、なかったことにはさせない。
どさくさに紛れて一発くらい殴ればよかったと今更ながらに後悔する。
「おーい?大丈夫ー?」
リチェールが抱き付いてる子供の背中をぽんぽん撫でながら尋ねるが子供は何も話さないでリチェールにしがみつく。
リチェールと警備員は困ったように目を合わせて、とりあえず警備室に案内されることになった。
元々力も体力もないから、何度も子供を抱え直すリチェールに変わるか?と聞いたけど、子供がリチェールをつかんで離さない。
リチェールは笑顔でこの子可愛いからずっとだっこしてられるよーって笑うけど、手はぷるぷるしてるし、汗も滲んでる。
警備室につくと、すぐに警備員が少し待っててくださいと席をはずした。
ようやく案内されたパイプ椅子に腰を下ろしてリチェールは小さく息をついて、子供の顔を覗きこんだ。
「こんにちは。オレ、ルリっていうの。
お名前聞いてもいいー?」
明るいリチェールの笑顔に、子供は不安そうにしつつもゆっくり口を開いた。
「…………あゆむ」
「あゆむちゃんね!
あゆむちゃんさっきバタバターってしてたのにずーっと泣かないでえらいねぇ。
いくつなのー?」
「ななさい……」
「じゃあ小学一年生かなー?
こんなにお利口さんだからもっとお姉さんかとおもったー」
おいおい、その子本当に女の子か?
髪もショートで服装もオーバーオールとボーイッシュだし、顔もどちらともとれる。
少し心配しながら二人を見てると、あゆむと名乗った子供がふわりと笑って、合ってたのだと息をついた。
「あゆ、お姉さんに見える?」
「見えるよ~。てか笑うとめっちゃ、かわいいね。あゆむちゃんは天使なのー?
将来は女神様だー」
「ルリもかわいいよ」
ふにゃりと笑ったあゆむに、リチェールも柔らかく微笑み返す。
「ほんとー?あゆむちゃんに可愛いって言ってもらえるとうれしいなー。
でもあゆむちゃんの方がずーっと可愛いんだから気を付けなきゃだめ。
こんなに可愛いんだからすぐ連れ拐われちゃうよー?」
あゆむの頭を両手で包みでこをくっつけて二人でクスクス笑い合う。
ずっと膝に乗せてることといい、距離を詰めるのが異様に早いし、さっきまで泣きそうだった子供をこんなに短時間で手懐けるのはさすがだと思う。
「さっきのおじさんねぇ、オレベタベタ触られてめっちゃ嫌だったんだよねー。
あゆむちゃんはされてないー?」
額をくっつけたまま心配そうにリチェールが言うと、あゆむの表情が一気に曇った。
「…………いえない」
ぴくっと眉が動くのが自分でもわかる。
こんな、小さなガキにまであのクソヤローは。
リチェールも悲しそうな表情を一瞬浮かべて、またふわりと微笑んだ。
「どうしてー?あのおじさんに言うなって言われたのー?」
「恥ずかしいことだから、言っちゃダメって。
お母さんに知られたら、捨てられちゃうって」
「どうしてお母さんに捨てられるのー?
あゆむちゃんこんなに可愛くていい子なのにー。
捨てられるわけないじゃん。あのおじさんは嘘つきだねぇ」
猫っ毛のショートの黒髪を優しく撫でながらリチェールはトントンとあやすように体を揺らす。
あゆむは大きな黒色の瞳からボタボタと大粒の涙をこぼした。
「ルリ、お母さんには言わないでいてくれる?」
「うん。言わないから教えてー?」
トントンと優しく背中を撫でる手を保ったまま、笑顔も完璧だけど、リチェールはこの手の話が苦手だ。
映画やニュースでの強姦のシーンとか、話題を青ざめて呼吸すら苦しそうにするしつつも平静を装うところを何度か見たことがある。
「お母さんね、小学校にあがる前にあゆのこと待っててね。すぐ帰るって言ってもうずっと帰ってこないの。
お父さんは毎日お酒飲んでてね、お母さんがあゆを連れてけばよかったって思ってるの。
だからお母さんと離れたここによく来てたの」
あまり踏み込みにくい家庭事情に苦虫を噛んだような気持ちになる。
リチェールは悲しそうな顔をしつつも、相槌を打ちながら口角だけはあげることを保っていた。
「あのおじさんがお母さんを探すの手伝ってあげるって言ってくれてね。
それが仕事だから気にしないでってあゆのことたくさん知らないとお母さんを探せないって車で……」
そこであゆむの言葉は止まる。
リチェールはその先を聞くのが怖いと言うように真っ青だった。
あゆむが言いやすいように笑って大丈夫だよと言うけど、俺はあまりリチェールにこういうことに関わってほしくなかった。
さっきまで、あゆむと歩くあの男に駆け寄って言ったことを叱りつける気だったのに、今はどうしようもなく抱き締めてやりたい。
そんなに気丈に振る舞う必要なんてないのに。
どこまでも甘え知らずなリチェールに小さくため息をついた。
「車で、ね。服脱がされて……写真、撮られたの。
それから体を調べるって、触られて……このこと、誰にも言っちゃだめって。
すごく、いやでね。恥ずかしくて………ううっ」
リチェールに抱き付いて、泣き出してしまったあゆむをリチェールが椅子から立ち上がって抱き上げ、ぽんぽんと撫でた。
「あゆちゃん、話してくれてありがとう。
すごくえらいよ。やっぱりあゆちゃんはいい子だね」
俺ならまず知らないやつについていったこと、それから車に乗ったことを怒るだろう。
リチェールはとにかく、あゆむをえらいえらいと、なだめて大丈夫だよと背中を撫でた。
しばらくしてあゆむが落ち着いた頃、警備員が戻ってきた。
「遅くなってすみません。あの男はなにもしてない。母親を探すのを手伝っただけだの一点張りで。
そちらの方にしたことはつい出来心でと言ってます」
俺が脅したからか、リチェールにしたことは認めて、あゆむにしたことは隠そうとしてるあいつにいらっとする。
「リチェール、少し話してくる。あゆむとここにいろ」
リチェールは俺を見てこくんと頷くとまたあゆむに大丈夫だよ、と繰り返した。
二人を残して警備員と部屋を出ると、その場で声を小さくしてさっきあゆむから聞き出したことを話した。
「そうでしたか……とりあえずあの子の保護者と連絡がとれ次第すぐ報告して、被害届を出すかを判断してもらうことにします。
お連れ様も色々されてますが、いかがされますか?」
「本人も相当ショックを受けていて今は疲れてるので後日連絡する形でもよろしいですか?」
「わかりました。
あ、今女性スタッフがつきましたので子供のこともあとはお任せください」
ぱたぱたとこちらに駆け寄る警備服を着た女性を見て頷いた。
どれだけあゆむに同情したって、結局他人の俺達がしてやれることは限られてる。
部屋に戻り、リチェールに帰るぞと声をかけると、あゆむが大泣きを始めてしまった。
女性スタッフがあゆむをあやすけど、リチェールにしがみついて離れない。
リチェールも泣きそうな顔になりながら、懸命に笑って紙とペンを取りだしさらさらと何かを書き始めた。
「あゆむちゃん?そんなに泣かないで。
またすぐ会えるからー。
これ、オレの携帯番号。いつでも電話してねー」
「いつ?いつ会えるの?ルリどこにいくの?」
「あゆむちゃんが電話してくれたらすぐ会えるよ」
携帯番号が書かれたメモのはじには、いつか病院で描いていたようなグレムリンかなにかの下手くそな何かのキャラクターが書かれている。
「この羊さんの描かれたメモの無くさないで持っててね。すぐ会えるから」
「羊さん……?」
信じられないと言うように食い入るようにメモを見るあゆむの涙はその絵の衝撃で止まっていた。
一度あゆむの頭を撫でるとリチェールは立ち上がり柔らかく微笑む。
「あゆむちゃん、いつでも電話してね」
「ル、ルリ!」
「大丈夫だよー。あゆむちゃんすぐ会えるからー。優しいお姉さんが来たからもう大丈夫。お姉さんの言うこと聞くんだよ」
あゆむの頭を優しく撫でると、あゆむはボロボロ泣きながら頷いた。
悲しそうに笑うリチェールの肩を抱いて警備室を後にした。
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