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喧嘩とクリスマス
リチェールside
翌日、警察署に朝一で出向いて、事情聴取と被害届の提出をした。
その時のことを自分の口から言う時間は、どうしようもなく情けない気持ちで、居た堪れない。
お巡りさんは顔色一つ変えずに淡々とオレの話を聞いてパソコンに何かを入力していく。
それから一筆書いて、人差し指の指紋を朱く残した。
「あの、聞いていいのかわからないんですけど、同じ被害に遭った女の子、あのあと大丈夫でしたか?」
「申し訳ございません。個人情報になりますので」
あの後、すぐに泣き止んだとか、お父さんが迎えにきたとか、そんな小さな情報でいいから、安心したかった。
けれど、お巡りさんに何も言えないと言われて、仕方ないけどやるせない気持ちになる。
「加害者は執行猶予がつくか、実刑になるか決まり次第お伝えできますが、連絡しますか?」
「いえ、その後のことはお任せします」
「そうですか。それでは、本日は協力いただきありがとうございました。雪が降るらしいのでお気をつけて」
「はい。失礼します」
この時間さえ乗り越えればきっと少しは気が楽になると思っていたのに、鉛のように重たい気持ちばかりが胸に溜まっていくようだった。
外に出れば、ちょうどパラパラと雪が舞い落ちてきて、鉛色の空を見上げる。
肺いっぱいに冷たい空気を吸い込んで、気持ちを落ち着かせるように吐き出した。
白い息がふわっと消える。
人の感情や悩みもこれくらい簡単に消えてくれたらいいのにね。
駐車場に向かうと、笑顔を作って離れた時と同じ位置にある車の助手席に乗り込んだ。
「おまたせ〜。ごめんね。思ったより時間かかっちゃった」
「ん。お疲れさん」
ポン、と頭に手を置かれて、それだけで泣きそうになるくらい安心して気が緩んじゃうのは何でだろう。
暖房の効いた車内で脱いでコートを簡単に二つに折って膝にかけるとゆっくりと車が発進する。
どういう内容だったのか話した方がいいのかなぁ。
「クリスマスプディング調べてみたけど、少し離れたところに有名店があって電話したら予約できたから受け取りに行こう」
「わ。本当?嬉しい。ありがとう」
クリスマスの話をした時、ハイハイって適当に笑ってるだけだと思ってたのに、わざわざ調べてくれてたなんて。
日本ではあまりメジャーなケーキじゃないからお店も扱ってるあまりなかったし、作ろうかなって思ってたけど、お店のものが食べれるならそっちの方が嬉しかった。
「それから、今佐倉から連絡があって、原野がお前に会いたがってるらしいけど」
「えー?あ、本当だ。スマホ見れてなかった。鬼のような着信が入ってる」
この着信の入り方は喧嘩でもしたのかなぁ。
一言、千にかけ直していいか断りを入れて、かけてみると、まるで折り返しを待っていたかのようにワンコールもせずに繋がる。
「ルリー!!今朝、雅人の野郎が俺に手ェ出そうとしやがった!!!けつ掘られる前に来いよ!!クリスマスとか危険イベントに俺を一人にするんじゃねぇ!!!」
想像の斜め上をいく発言に吹き出しそうになった。
待って、2人付き合ってるんだよね?
この間の家出のあと付き合い始めたって聞いたけど。
まだなんだ。
「待って、純ちゃ……ごめ、変なとこはいった」
ゴホゴホ咽せるオレに構うことなく純ちゃんが早口にまくし立てる。
「今日どうせ月城と2人だろ!?家来いよ!鍋パしようって言ってたじゃん!あれ今日やろう!コタツあるし寒くねぇ!」
純ちゃんが、雅人さんの家をウチって言えるようになってることになんだかほっこりしてしまう。
ていうか、雅人さん多分この電話の隣にいるよね。生活音聞こえるし。
どういう感情で聞いてるんだろう。
「千、今日……」
スマホのマイクを手で押さえて千を見ると、会話の音が漏れていたのかおかしそうに笑いながら頷いてくれる。
ホッとして、スマホを持ち直した。
「OK。ローストチキンとケーキ持って行くね。クリスマス会しよう」
「俺いちごのやつがいい!」
「ショートケーキね。OK、何種類か買って行くよ」
「早く来いよ!俺さっき服脱がされそうになったんだぜ!俺がどうなってもいいのか!」
「ちゃんと嫌がったらやめただろ!」
後ろから雅人さんの声も聞こえてきて、ついに千と笑ってしまった。
今から2人にどんな顔で会えばいいのかわからないんだけど。
顔見たら笑っちゃいそう。
気をつけなきゃ。
純ちゃんの騒がしい声を聞いてると、さっきまでの暗い気持ちが自然となくなって行く。
この子は本当にオレにとっての癒しだなぁ。
あとでねって伝えて電話を切ると、ちょうどお店についたのか車がケーキ屋さんの駐車場に停車した。
結構狭い駐車場なのに、一発で入れるからかっこいいよなぁ。
「あいつらと会ったら渡すタイミングなさそうだから今渡しとく」
ポケットから取り出したネイビーカラーの縦長の小箱を頭にぽこんと当てられ首をかしげる。
「早く受けとれよ」
「えっプレゼント?うそ、準備してくれてたの?」
結構敷居の高いアクセサリー店のロゴが入っていて、なんだか緊張してしまう。
「ありがとう……。開けていい?」
「どーぞ」
返事をもらって青いリボンを解くと、中にはシンプルな三日月をモチーフにして下の方に小さく三つ並んであしらわれたジュエリーがキラキラ光ったネックレスが綺麗に箱のなかに納まっていた。
「綺麗……」
こんなの、絶対高かったはずなのに。
「うちの猫は逃亡癖があるからな。首輪。外すなよ?」
見上げると、千がクスッと笑ってオレの髪を優しく撫でてくれた。
かっこよくて、嬉しくて、顔が熱いのが自分でも嫌ってくらいわかってしまう。
「嬉しい。本当に本当に、嬉しい。千、ありがとう」
ぎゅーっと、箱を両手で抱き締めると、千がクスクス笑う。
早速つけようと箱から取りだし、後ろに手を回した。
本当は、不器用じゃないし後ろ手で付けれるけど、千につけてもらいたくて手を止めた。
「千、つけてー?」
「はいはい」
ネックレスを手渡して髪が邪魔にならないように後ろの髪を持ち上げると、オレを包むように前から手を首の後ろに回され、首元に僅かなくすぐったさが走った。
「ん。似合ってる」
ちゃんと前から見てないくせに、髪をわしゃわしゃ撫でて離れてしまう。
照れてるのかな。
「本当にありがとう。大事にするねー」
「ああ」
「オレも千にプレゼント用意してたんだけど、ごめんね。家なんだよね」
「へぇ。何くれんの?」
「ないしょー」
千がくれたものに比べたら本当に大したものじゃなくて申し訳ないくらいだけど。
喜んでくれると嬉しい。
「じゃあ原野からまた電話来る前にケーキ買い行くか」
「はーい」
千に次いで車を降りてその背中を追った。
ケーキとチキンを持って雅人さんの家に行くと、もうお鍋の準備は万端で純ちゃんが遅い!と怒りながらひっついてくる。
雅人さんも笑ってるけどどこか拗ねたような態度に、また笑ってしまいながら4人で乾杯をした。
いつも手を息で温めてる純ちゃんにこっそり準備していたクリスマスプレゼントの手袋を渡すと、純ちゃんも恥ずかしそうにいつもオレが手袋貸してくれるからってプレゼントで手袋を買ってくれてた。
それがたまたま同じお店の色違いのもので2人で見合わせて笑ってしまう。
そういえば、オレお鍋って初めてだな。
クリスマスプディングと、ローストチキン。
それからお鍋だなんてアンバランスだけど、オレが初めて過ごすクリスマスは大好きな人たちに囲まれて、この17年間を埋めるように騒がしくて楽しいものだった。
楽しく笑ってる途中、どうしても頭に一人で泣く女の子の姿が頭によぎった。
今は1人で泣いてないかな。
お父さんとクリスマス出来たかな。
願わくば、あの子もいつか寂しい日を埋めるくらい沢山の幸せを分かり合える人たちに出会ってほしい。
ううん、そう信じてる。
「ルリ、これクリスマスプディング?だっけ?クソまずいな!!!!」
ケラケラ笑う純ちゃんにオレもそんなにはっきり言うかなって笑ってしまった。
「あはは!オレも実は初めて食べんだ!憧れてたんだけど、これ甘ったるすぎるよね!来年からはショートケーキのホールにする」
これはまだ、これから毎年続く幸せな1日の1ページ目。
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