302 / 594
気まぐれ
しばらくしたら店は一気に忙しくなって、草薙は僕だけの相手をしていられなくなった。
まぁいいけどね、一人飲み気楽で好きだし。
空になったワインを見て、店を出ようか迷う。
草薙を待つの、少し飽きちゃった。
もし別の人と今から連絡とれたらそっちにしようかな。
草薙もそれならそれでいいだろうし。
「こんばんは。よかったら、一緒に飲みませんか?」
声をかけられ隣を見ると、30代後半くらいのスーツを着た男がワインを指差して穏やかに微笑んでいた。
「実は今日友人とここで飲む約束をしてたのにドタキャンされちゃって。
相手がついたら一緒に飲む予定でボトル開けちゃったんだよね。赤、飲めるなら一緒に飲まない?」
赤ワインも、好きだけど。
相手をじーっと観察する。
顔は合格、話し方もちゃんと遊びなれてますって感じで下心もなさそうだ。
とはいえ、初対面の人からいきなりお酒をもらうのも気が引ける。
「実はそんなにお酒強くないんだ。手伝ってくれると助かるんだけど」
僕の心を読んでか、男性が困ったように笑う。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
グラスを新しいものに変えてもらって、男性からワインをもらい乾杯した。
こういうかっちりスーツを着込んだ男が、僕みたいに銀髪にタトゥーとピアスだらけの男に声をかけてくるのってめずらしい。
「あ、今さらだけど、松岡と言います」
「松岡さんね。僕は蒼羽。
松岡さんは、なんの仕事してるの?」
「んー、一応経営かな」
「へぇ、なに系?」
「風俗系」
掴み所のない笑顔でいう松岡に、なるほど、と納得する。
そりゃこの遊びなれた雰囲気になるよね。
松岡が進めるがままにワインを煽る。
やっぱり遊びなれてる人って会話も弾んで楽しい。
「蒼羽くんってほんときれいな顔してるよね」
「あはは。よく言われる」
「今度さ、うちの系列の店に来ない?」
「僕に風俗やれって?お断りだよ」
ふんっと鼻で笑うと、いやいやと半笑いに松岡が僕の耳に触れる。
「俺の相手してくれない?
後腐れ無さそうな感じがかなり好みなんだけど 」
「それは気が合うね?
でもまだ触るの許した覚えないんだけど。
気安くさわらないでくれる?」
ぱしっと手を払っても、松岡は気にした様子もなく肩をすくめるだけ。
それ以上がつがつ来ることもないのも、好感がもてる。
「あくまで立場は僕が上。
僕がめんどくさくなったらすぐ切るから。
それでいいならたまに相手してあげるよ」
「ほんと?こんな美人さんを捕まえれて、今日はついてるなぁ。
あ、名刺渡しとくね。気が向いたら連絡して」
きれいな名刺入れから取り出した名刺を受けとりそれをポケットにしまう。
店内は落ち着きを取り戻していて、松岡はさらにもう一本ワインを追加した。
「俺はもう行くね。
それ、飲みきらなかったら残していいから」
そういうと、颯爽と支払いを済ませて、コートを手に立ち上がった。
「ん。ごちそうさま」
「連絡いつでも待ってる」
柔らかく笑って松岡は店をあとにした。
その姿をひらひらと片手を振って見送ると、さっきもらった名刺をぴらっ指で遊びながら眺めた。
かなりいいセフレ見付けたかも。
「蒼羽さん、あの人はやめといた方がいいですよ?」
いつから見ていたのか、草薙がやって来て呆れたように僕のグラスにワインを注ぎ足す。
「やめるかどうかは僕が決める」
ケラケラと笑うと、草薙がまぁいいですけど、とため息をつく。
「やばくなったら言ってください」
「なに、盾になってくれるの?」
そんな優男みたいな真似似合わないよ、と皮肉を込めて笑うと、草薙も皮肉な笑みを見せた。
「あんたに恩を売っとくのも悪くないなって、ね」
ともだちにシェアしよう!