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気まぐれ
「蒼羽さんはなんで彫師になったのー?」
まだ店が比較的落ち着いてる時間、ルリくんがふと蒼羽さんに接客について話していた会話が聞こえた。
店内にはテーブル席に五人組が一組と、二人組の客がカウンターに一組で、そっちには光邦くんがついてくれた。
オープンしてすぐの早い時間は客数が薄かったけど、ルリくんが早番固定になってから、ルリくん目当てのお客さんが早くくるようになって良い塩梅で混み具合を分散できた気がする。
キッチンにもひとりスタッフはいるし、俺はテーブルのお客さんに挨拶に行こうとも思ったけど、そのタイミングでルリくんお気に入りのお客さんが来てしまった。
「ルリ!今帰ったよ!」
「あー!間中さん!京都に出張お疲れさまでした」
「うん、お土産買ってきたよ。
あ、マッカランお願い」
「わーい。お土産楽しみですー。ロックですよね?」
蒼羽さんとの会話の途中で気にした様子のルリくんを蒼羽さんが行っておいでと、笑って手をひらひらさせた。
今から遅れて月城さんも来るらしいけど、間中さん結構ベタベタさんなのに大丈夫なのかなルリくん。
少ししたら接客を変わってあげよう。
一人客を差し置いてテーブル客に挨拶には行けず、蒼羽さんの前にたった。
「なんで彫師になったか、ねぇ」
ふ、と、微笑む横顔は相変わらず綺麗だ。
「なにか特別な思い入れがあるんですか?」
他のお客さんやスタッフもいるから、二人でいるときのような冷めたものではない笑顔を作って話しかけると、蒼羽さんが頬杖をついて見上げた。
「内緒。ま、強いて言うなら、千のためかな?フラれたけどね」
「…………ああ、そうですか」
ケラケラと冗談めかして笑う蒼羽さんに合わせて俺も笑う。
フラれた?蒼羽さんが?
てか、月城さんのための仕事ってなんだよ。
モヤモヤして、頭がうまく働かない。
蒼羽さんが誰とどうなろうがどうでもいいのは、そいつらを特別扱いしないからだ。
いつでも切っていい関係だと伝わる。
それは、もちろん俺もだろう。
でも、月城さんは?
………正直何一つ勝てる気がしない。
「そういえばさ、松岡のことなんだけど」
ふと、松岡の名前を出してぴくっと顔をしかめそうになる。
あの人、多分ヤクやってるだろうから、関わってほしくないんだけど。
「ほら、草薙が止めるのって珍しいじゃん?
どんな風に危ないわけ?」
蒼羽さんが人が言った注意を気に止めるのもかなり珍しい。
「あの人がつれてくる女の人、みんな変と言うか。
呂律が回ってなかったり、会話が噛み合わなかったり」
松岡さんのつれてくる女性を思い出すと少し苦い気持ちになる。
「あー、キメてそうだね」
「でしょ。あんなのに関わったら、蒼羽さんの十年後は施設みたいなとこで車イスで庭を散歩中に"あー、てふてふ。てふてふだぁ"って居もしない蝶を目で追いかけて"あー、はいはいてふてふですねー"って車イス押される結末ですよ」
「ぶは!なにその無駄にリアルな設定!てふてふって!」
蒼羽さんがお腹を抱えてケラケラと笑う。
半分笑わせるつもりで言ったけど、思いの外ウケた。
真面目に注意してはこの人は反抗するから、これくらい軽くがいい。
「ま、だから松岡さんには関わらない方がいいですよ。店で被っても席離すんで」
「僕がてふてふ追いかける未来になっても草薙関係ないじゃん?」
「そうなったら、ちゃんと車イス押して散歩くらいつれてってあげますから安心してください」
そんなこと、プライドの高い蒼羽さんはあり得ないだろうけど。
「僕とヤりたい奴はいくらでもいるけど、車イス押すってまで言うのは草薙くらいだよ」
「出来たらそんな未来嫌なんで遊ぶならちゃんと選んでくださいね」
「笑わせてもらったし、頭の隅に入れといてあげる」
中途半端に残ってたグラスのワインを一気に飲み干す蒼羽さんに、それはどうもと一笑してワインを注ぎ足した。
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