308 / 594
気まぐれ
「ねぇ、そろそろ千が来る。リチェール呼んで」
携帯を見ながら蒼羽さんがちらっと目をあげる。
その視線を追うと、間中さんがルリくんの手をぎゅっと握って気持ち悪いくらいの笑顔でぺちゃくちゃ自慢話をしてるところだった。
ああ、あれは、月城さん怒るよな。
ルリくんもあーゆーお客さんは多少冷たくしていいよって言ってるのに困ったようににこにこ笑うだけとか。
noが言えない日本人みたい。
「間中さん、どんだけルリくん触ってるんですか?追加料金とりますよ?」
冗談めかして笑いながら席に近づくと、間中さんが残念そうに笑って手を引っ込めた。
「今からこの子の親戚の方も来ますよ。なんなら挨拶します?」
「はは!やめてよ、こわいこわい」
「そういえば間中さん、この間話してた新人さんどうなんですか?」
この間入ってきた新人が使えないんだと愚痴をこぼしていたことを思い出して口にする。
「あー!それがさぁ、聞いてよ草薙くん!」
この人は職場の愚痴を言い出したら止まらないから、そのうちにルリくんに合図をして 間中さんが愚痴に夢中になってる間に然り気無く抜け出し、蒼羽さんの席にいかせた。
うちのスタッフは10人くらいいる中、飛び抜けて仕事ができるのはやっぱり光邦くん。
それから、暁くんやルリくん。
お客さんからの人気で言ったら、ルリくん光邦くんがツートップの暁くんが次いでくるかな。
あと月城さんが来店するようになって女性客が2倍くらい増えた。
光邦くん、ルリくん、暁くん。この3人は他の子達に比べるとやっぱり頭ひとつ抜けてるし、俺が不在でも3人中2人揃ってるならお店を任せられると思う。
話も合うのかよく3人でご飯とか行くみたいだし。
あと多分光邦くんと暁くんってデキてるよな。
たしかにシフトとか考えなきゃいけないし、力配分とか、その子達の得手、不得手は把握しておかなきゃいけないけど、部下のことを愚痴るのって、ダサいよな。
使えないのはお前の教育不足が原因だろ。
なんて客相手に言わないけどね。
「あ、そうそう今日は今から俺の同僚が一人来るんだよね。テーブルに移った方がいい?」
「今は混んでないのでどちらでも大丈夫ですよ。後からお願いするかもしれませんが」
「うん。そいつ来たらルリ借りるよ。紹介したいから」
「かしこまりました。ノータッチでお願いしますね」
「はいはい。うっさいうっさい」
べーっとおちゃらけて舌を出す間中さんに可愛くねーよと内心悪態をついて愛想笑いを浮かべた。
月城さんも来店して、お店もちらほら賑わい始めてきた頃、そのお連れさんがやってきた。
「おーい!吉田!こっち!」
間中さんが手をあげると30前半くらいの男がコートを脱ぎながら席についた。
「草薙さん、こいつさっき話した同僚の吉田。」
「はじめまして。吉田です」
律儀に挨拶してくる吉田さんに俺も名刺を取り出して挨拶を返した。
「barMOREのオーナーをしてます。草薙です。よろしくお願いします」
笑って名刺を受け取り、今仕事終わったの?とか間中さんと他愛もない会話を始めた。
職場が近いらしく、気に入って常連になってくれたらなと思う。
「あ、そうだ草薙さん!ルリ呼んでよ。紹介したい」
「かしこまりました」
ちらっとルリくんを見ると、カクテル用の果物をカットしてくれてるところだった。
手はちゃんと動かしながら月城さんと蒼羽さんににこにこと嬉しそうな笑みを浮かべてちゃんと話もしてる。
あんなに楽しそうに話してるのに呼ぶの可哀想だよな。
15分くらいで呼び戻してあげよう。
そう思いながら、インカムでルリくんを呼び出した。
すぐにインカムのイヤホンに返答があり、カットしたフルーツを手早く片付けるとほんの1分で席に来てくれた。
「ルリ!こいつ吉田!俺の同僚だから挨拶しろ!」
なにその俺様面。イラってするのは俺だけ?
ルリくんはいつも通りの完璧な笑顔を見せて会釈をした。
「始めまして、吉田さん。ルリで………」
ルリくんが吉田さんの顔を見てぴたっと固まる。
え?とその場にいた全員が不自然な固まり方に目を向けた。
「……カズマさん?」
「えっ!?」
吉田さんは、ん?と顔をあげてルリくんの顔をジーっと見てハッとしたように顔を青ざめさせた。
「ルリ!?」
どうやら、あまりいい出会いではない知り合いのようだ。
ともだちにシェアしよう!