310 / 594
気まぐれ
「草薙さ~ん!会いに来たよ~!」
ドアが開くと同時に常連の女性が抱き付いてくる。
barだとまぁよくあることだ。
常連さんになるとあくまでお客だけど、友達みたいになるし。
蒼羽さんはもちろん妬かない。
俺も、蒼羽さんが他の人としてたってやきもちなんて子供っぽくてめんどさいもの感じないけど、心配にはなる。
月城さんは妬くんだろうな。
ルリくんのこと、好きだから。たまに親心にも見えるけど。
ルリくんも月城さんが女性に声かけられてると、気にしてるよね。
俺の蒼羽さんに対する感情がなにかわからない。
好きではないんだと思う。
ただ、心配なだけで。
店が少し賑わってきて、ルリくんが相手を抜け出したタイミングでそっと耳打ちをする。
「ルリくん、無理して相手しなくていいからね?
せっかく月城さん来てるんだからそっち行ってもいいし、新規のお客さんに挨拶行ってもいいし」
そういうと、ルリくんがきょとんと首をかしげる。
「友達の蒼羽さんといるとこ邪魔したくないですし大丈夫ですよー。
それに、カズマさん前回、彼女さんと別れたばっかりって話を聞いて気になってたから、話せてよかったですー」
「でも、月城さん嫌じゃないかな?
ルリくんと他の男性が仲良くしてるの
ほら、やきもちとか」
「あはは。千は心配症なだけで、やきもちとかは妬かないですよー」
そんなわけないだろ。
ルリくんはどこまで鈍感なのか。
もしかしたら、月城さんはやきもちっぽい感じは出さないのかもしれない。
「カズマさんと出会ったとき、オレ、女の子に間違われてラブホにつれこまれそうになってたんですよー」
「えっ」
「千が連れ出してくれたけど、そうじゃなくても、オレ男ですし、なんだかんだいって大丈夫だった思うんです。
ほんと、なにかあるとすぐ助けようと手を出しちゃうくらい心配症なんです。
だからその分、オレがそんなに心配ばかりしてくれなくて大丈夫だよってアピールしなきゃいけないんです」
いや、ルリくん、それ誰でも心配するでしょ。
君の容姿なら尚更。
「そもそも、月城さんが心配だって言うなら関わらなくてもいいのに。喧嘩にならない?」
「千のオレに関する心配事は極力なくしないんです。
負担を一方的にかけてる気がするし」
そのなくし方が従うんじゃなくて、突っ走る辺り、月城さんも大変だなぁと同情する。
ルリくんって意外と天の邪鬼なんだ。
でもたしかに、こっちが心配したって相手が望んでないことなんて多々ある。
そうなると、エゴだよな。
俺は、どうでもいいやつは本当クソほどどうでもいい。
蒼羽さんは、好きで遊んでるんだろうし、多少恨まれる覚悟もあるんだろう。
なら、たぶん俺の心配はエゴなんだろう。
そう思ってたら、またカランと店のドアベルが鳴り、誰かが来店した。
「いらっしゃいませ」
ルリくんがいつもより少し高い声で相手に笑顔を向ける。
俺は、声を出すのに一歩遅れた。
「………いらっしゃいませ、松岡さん」
「こんばんは、草薙くん。
あれ?あそこにいるのは、蒼羽君かな?」
人当たりのいい笑顔を浮かべて、カウンターにいる蒼羽さんをすぐ見付ける松岡さんにどうしてこんなに苛つくのかよくわからない。
「松岡さん、今日はいいワイン入ってるんで、うちのスタッフと試飲しませんか?」
「え?いいの?」
「はい。他の方には内緒ですよ?
奥のカウンターに案内しますね」
たまたま新しく仕入れたばかりのワインをエサに気を悪くしないよう蒼羽さんの席から遠ざけた。
「あ、松岡さん。久しぶりぃ~」
……のに、この男は何を考えてるのか、俺の来も知らず自分から近付いてきた。
「ああ、蒼羽くん。
あの男前なお連れさんはいいの?」
「いいのいいの。彼は今やきもちを恋人にぶつけるのに夢中だから」
ちらっと月城さんのところを見ると、ゾッとするほど冷たい笑顔でルリくんに何か言っていて、ルリくんが顔を真っ青にさせてこくこく頷いてるところだった。
だから言ったのに。
「ずっと連絡待ってたのにひどいじゃん。蒼羽くん」
「そんなの知らないし。僕の気分次第って言ったじゃん」
穏やかに笑いながらも嫌みを言う松岡さんを相変わらずけらけらと一笑して流す。
てかあんたほんとなんで来たんだよ、と笑顔を作りつつも横目で睨むと、にこっとイタズラっぽい笑顔を返された。
「松岡さん、今日なら相手してあげてもいいよ」
「え?本当?」
はぁ!?と、声をあげそうになったのをグッとこらえる。
なに考えてんだこの人。
本当に俺の心配は少しも届かないんだと思うとエゴだと分かっていてもイライラする。
「でもふつーのラブホね。あんたの店にはいかない。
あと、僕が退屈に思ったらすぐ帰るから」
「ははっ。気高いお姫様だ。でも嬉しいよ」
目の前でトントン進む話に、苛立ちが募る。
たしかに、さっきルリくんが言ってたように、守る必要がないくらい蒼羽さんは、賢いし、弱くない。
最低限の予防線だってちゃんと張ってる。
でも、心配なんだ。
万が一にも傷付いて、ほしくない。
他人なんてどうでもいいはずなのに。
「___蒼」
「草薙くんっ!酔っちゃった~。チェイサーほしいな?」
彼の名を呼ぼうとしたした瞬間、後ろからさっき抱き付いてきた常連の女性が腕を絡めてきた。
見るとたしかにかなり酔っていて、ふらついた体をとっさに抱き締めるように支える。
「だれ?すっごいきれいな人」
うっとりした目で蒼羽さんを映してへにゃっと笑う。
まずい。
蒼羽さんは、極度の女嫌いだからすぐに離さないと。
「美結さん、酔いすぎですよ。ほら、歩けます?席に戻りましょう」
「んぅ~。草薙おんぶ~」
「この歳でまだ腰痛もちにはなりたくないですね」
「きゃはは!!超失礼だし!」
美結さんをもとの席に案内してる後ろにいる蒼羽さんと松岡さんが気になって仕方ない。
頼むから、戻るまで店内にいてくれ。
「ねぇ、僕かなり気分屋だよ?
気が変わらないうちがいいんじゃない」
後ろなら煽るような蒼羽さんの声が聞こえて、内心あせる。
てか、なに機嫌悪くなってんだよ。
すぐ女つれて離れただろ!
「あー、じゃあ、行こうか?」
「うん」
………本人が楽しんでるなら、俺は出る幕はない。
そんなの、わかってる。
わかってるはずなのに、我慢が効かない。
美結さんをカウンターに置いて、インカムでこっそり光邦くんを呼び相手をお願いした。
「…………っ蒼羽さん!」
そして、今まさに店から会計を済ませて出たばかりの二人を呼び止め、細い手首を乱暴につかんだ。
ともだちにシェアしよう!