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信用
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やってしまった。
喧嘩した昨夜、千はそのまま寝室に行ってしまって、オレがようやく謝る決心をして行った頃には寝てしまっていた。
朝は起きたらいなかったから、仕事に行ってしまったんだろう。
オレらは冬休みだけど、教師陣はそうじゃないから。
心配してくれてる相手にあれはないよな、と深く反省する。
オレはただ、心配症すぎる優しい彼の負担になりたくないだけなのに、
大丈夫だよってオレそんなに毎回危険な目に合うはずないじゃんってアピールしたい。
それだけだった。
結局夕方になっても千は帰ってこなくて、嫌われてたらどうしようと不安になる。
はいはいって従って、そばにいれるならオレだってそうしたい。
でも負担ばかりかけて、面倒に思われたら?
ただ、そばにいたいだけなんだよ、ずっとこの先も。
このまま帰ってこなかったらと思うとじわっと目に涙がたまる。
いつからこんなに泣き虫になったんだろう。
最近、千に甘やかされてどんどん弱くなっていく自分が怖くて仕方ない。
バイトの時間になり、千の好きなオムライスと、サラダとスープをつくって後ろ髪を引かれる思いで家を出た。
"昨日はごめんなさい。
大好きだよ。千の嫌いなとこなんて一つもない。子供でごめんね"
小学生が書いたような文を泣いてるウサギのスタンプ付きでメッセージを送信した。
どうか帰ったら家に千が居ますようにと願いながら出勤して、開店準備をしながら光邦さんと暁さんについそのことを愚痴ってしまった。
「あー、お前それ完全にルリが悪いわ」
「そうだよねー。どうしよう。千めっちゃ冷めた目してたー。捨てられたらオレ身投げしそう」
昨日の千を思い出し本当に嫌われたらと思うと、ため息がこぼれてしまう。
「そこは大丈夫だろ!」
光邦さんにケラケラ笑って頭をワイルドに撫でられる。
付き合いだした光邦さんと暁さんはこんな喧嘩してる姿を見たことがない。
それはきっと2人が対等だからなんだろうな。
なんだか千のことばかり気にして、長く感じるバイトも、やっとあと一時間であがる時間になっていた。
今日は火曜日。
しかも年明けすぐだからお店はすごく暇で暁さんとこそこそお話しできるくらい店内は落ち着いていた。
カランとドアベルが鳴り、暁さんと声を揃えて「いらっしゃいませ」と顔をあげると、カズマさんが一人で来店していた。
「こんばんは。ルリ、今手空いてる?」
人当たりのいい笑顔に、オレも笑顔ではいっと答えて駆け寄る。
そのまま奥のカウンターに案内をして、コートを預かるとカズマさんはハイボールを注文してそのカクテルを作り始めた。
「ルリも飲んでね?」
「わーい。ありがとうございますー」
なんだかカズマさんは少し疲れてる様子でため息をついていた。
カズマさんにドリンクを出して、自分のもいれると乾杯してひとくち飲む。
「なんかカズマさん疲れてるね?お仕事大変?」
「うん?まー、うん、そうだね。
ルリの顔見たら癒されるよ」
冗談めかして笑うカズマさんに、オレもクスクス合わせて笑う。
「もー、何いってるの。
そういえばカズマさんって何のお仕事でしたっけ?」
「営業だよ」
「あー、カズマさん人当たりいいからピッタリだね」
「いやいや、俺なんてダメダメだよ。
毎月のノルマなんとか達成してますっていうレベル」
「達成してるのがすごいよ!できない人もいるんでしょー?」
「まぁそうだけど。年齢的にも、そろそろ一歩進みたいんだけどね。難しいよ」
「絶対大丈夫だよ、カズマさん話してて楽しいし、こんなにいい人なんだから」
ありがとうと笑うカズマさんはやっぱり元気がなくて、働くって大変なんだなって思う。
千は付き合ってても、仕事の愚痴とか言わないから、少し寂しい。
そういうところでも、千は一切オレを頼ってないんだと実感する。
「営業してる商品ってなに?」
もしお店相手じゃなくて個人で買えるようなものなら値段にもよるけど一つくらい買おうかなと、思いながら聞くとカズマさんは気まずそうに口を開いた。
「アダルトグッズ」
「あ、そうなんだー」
正直すごいびっくりしたけど、一切表情には出さずににこっと笑う。
うん、ごめん、カズマさん。
それオレ買えない。
「ルリ、引いたよね?」
「なんでー?引かないよ。
自分なんてバイトしかしてないからちゃんと働いててかっこいいなって思うよ」
これは本心。
仕事のことで悩んで頑張ってる人を、引いたりなんてするわけない。
カズマさんがホッとしたように笑って空になったハイボールを追加した。
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