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信用

「じゃあアダルトグッズってことは営業先って風俗店とかラブホとかになるの?」 仕事の愚痴に火がついたカズマさんの愚痴をうんうんって聞きながら相槌を打つ。 なんでも、最近成績が伸び悩んでることだけじゃなくお得意様の様子がおかしいらしい。 「そうそう。ラブホはいいんだけどね。 正直ちょっと裏っぽい風俗店への営業はひやっとすることの連続だよ」 「やっぱりそういう世界ってあるんだねぇ。カズマさん大丈夫なの?」 「大丈夫だけどさ。 この間は正直きつかったかな」 4杯目のハイボールを飲み干して、カズマさんがふうっとため息をつく。 「お前この商品使ったことあるの?って俺にアナルビーズを入れてこようとした奴がいてさぁ」 「え!?」 ははっと苦く笑うカズマさんに動揺する。 お客様だから、殴って逃げるわけにもいかないだろうし。 いや、殴っていいだろ、その場合。 「大丈夫だったの?」 「すぐ逃げたから大丈夫だよ。 でも正直ざらにあるからねこんなの」 胸がぎゅっと締め付けられる。 オレも無理矢理変なものを入れられる怖さはよく知っていた。 空元気に笑うカズマさんの手を握りまっすぐ瞳を見た。 「こわかったね……お仕事、無理しないでね」 「……ルリは本当に優しいね。気持ち悪がっていいんだよ?」 悲しそうに笑ってカズマさんがオレの手をぎゅっと握り返してくる。 気持ち悪いなんて、思うはずがなかった。 だって、オレも同じだから。 そろそろオレのバイトが終わる時間になる。 草薙さんはインカムで抜けてきていいよと言ってくれたけど、いいのかな。 一応カズマさんはオレに会いに来てくれたっぽいのに。 「………カズマさん、ごめんね。 オレ、もう帰る時間だから。またお話聞かせてね」 「あ、ごめん。もうそんな時間?」 「ごめんねー。もっと話聞いていたいんだけど」 てか、千と喧嘩してなかったら残業してたと思う。 千はただでさえオレのバイトをよく思ってないから、百歩譲って10時までの退勤だった。 「ルリ、明日もいる?」 「うん、いるよ」 「じゃあ明日また来るよ。この時間には退勤なんだよね?合わせてくる」 「ありがとー。無理しないでねー」 そらじゃあ、と快く手を降ってくれるカズマさんにぺこっと頭を下げて更衣室に向かった。 カズマさんも疲れてるみたいだったし、後ろ髪引かれる思いではあったけど、早く帰りたかった。 草薙さんや他のスタッフに挨拶してタイムカードを押すと、着替えて携帯を確認したけど、千からの返信はなく、思わずため息をつく。 そのまま裏口に早足で向かった。 千、家に居なかったらどうしよう。 まだ怒ってるかな。 感情的にならず、話し合いをするべきだったのに、オレは本当にガキだ。 いつもあとになって後悔する。 裏口のドアを開けると、冷たい冬風が頬を触って、スヌードをぎゅっと口元で押さえた。 「リチェール」 聞こえた低くて甘い声に、えっと顔をあげると千が車に背中を預けて立っていた。

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