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信用

「千……」 目が合うと、千は吸っていたタバコを携帯灰皿に消し入れ、一歩オレに近付いた。 心なしかまだ表情は暗い。 迎えに来てくれたの? それとも、まさか、別れようとか言わないよね? そう考えた瞬間、冷たい手に直接心臓を捕まれたような寒気がした。 千がなにか言おうと口を開いた。 その瞬間、千の口を両手で押さえて叫んでしまった。 「やだ!別れたくない!言うこと聞くから別れるって言わないで!」 言ってしまいハッとする。 千が驚いたように、目を見開いていてカァっと顔が熱くなった。 「……っごめ……」 すぐ離そうとした手を捕まれ、引き寄せられる。 気が付いたときにはぽすっと大きな腕の中におさまっていた。 「なんでお前はすぐそういう考えになるんだよ。 俺がリチェールのこと離すわけないだろ?」 呆れたような声なのに、その雰囲気は優しく心臓がぎゅっとなる。 「だ、だって……っ」 嫌われたと思った。 ただでさえ面倒だらけなのに、言うことも聞かないで、いい加減呆れられてたらどうしようってずっと怖かった。 千と対等でいたいと思うのに、オレの心はこんなにも弱い。 「とりあえず車乗れ。 風邪引きやすいんだからあんま体冷やすな」 戸惑うオレを有無を言わせず車の助手席に乗せると、ゆっくり発進した。 気まずい沈黙が空間に広がる。 静かだと悪い方にばかり考えが向いてしまい思わず震えてしまった手をコートのポケットに隠した。 「………リチェール」 静かな車内で、ゆっくり千が口を開き、びくっと肩が揺れた。 「この先、俺はお前を離すつもりはないし、リチェールのことはちゃんと信用してる」 「………う………」 うんっと答えようとしたけど、まっすぐな台詞に泣きそうで言葉が途切れる。 「でもな、ずっと一緒にいるってことは、少なからず衝突もするだろ。今回みたいに。 その度に、捨てられたらって不安になってなんでも言うこと聞くからじゃ、よくないだろ。 心配だからムカついたりもするけど、嫌いになるはずなんてないんだから、ちゃんとビビらず自分のこと言えるようになれ」 「………千、口聞いてくれなかったじゃん」 千の優しい言葉に気が緩み、つい拗ねたように口を開いてしまう。 「ムカついたからな。 お前さ、わかってんの? お前があの野郎にホテルに連れ込まれそうになってるとこ俺は見てんだよ。 リチェールのこと信用してても、心配はするに決まってるだろ」 「………カズマさん、酔ってただけで普段は変な人じゃないよ?」 「そいつの名前出されるだけでムカついてんだよこっちは」 なんで? オレは結局なにもされてないのに。 思わず首をかしげて見上げると、横目で睨んできた千と目があって、またびくっと体が震える。 視界に涙が滲んで、ここで泣くのはズルいだろと、必死に堪えた。 千がはぁっと呆れたようにため息を吐き、片手でわしゃわしゃとオレの頭を撫でまわす。 それから、まだ少し不機嫌そうな声で口を開いた。 「ビビり。こんだけ甘やかしてるのに怖がんなよ。ただのヤキモチだろ」 「ヤキモチ?」 だれが? え、千が?オレに? ありえない。 こんなに千しか見てないのに。 「リチェール。俺はお前を対等に見てないわけじゃない。 お前がすぐ引くんだろ?」 ヤキモチのことはもうスルーしたように話始めた千に、戸惑う。 オレが引いてる?そんなつもりはない。 「大体、俺はお前にクソジジイって言われようがちっさいと言われようがあとでこてんぱんにいじめてやろうとは思うけど、それだけ俺に言えるようになったのは悪くないと思ってるよ」 車はいつの間にか千のマンションの駐車場に入っていて、自動で門がしまっていく。 今まで言ったこと、よく覚えてるなと冷や汗が額ににじんだ。 定位置に駐車すると、千がオレの頭をくしゃっと撫でた。 「さっきから言ってるけど、この先ずっと一緒にいるんだから喧嘩くらいするだろ。折り合いがつかなくても、俺はリチェールが思ってることは聞いておきたいと思う」 ……オレはバカだ。 こんなにもまっすぐオレといることを信じてる人を、オレが信用してなかった。 オレなんかいつ嫌われてもおかしくないって思って、そのくせ一丁前に心配されたくない対等でいたいなんて。 「……オレはやっぱり千が心配ばっかするのは、やだよ」 負担になってる気がして。 そう言葉を続けたらそんなことないと言うんだろうから、言わない。 「オレは千に守られたくてそばにいるんじゃない。オレだって千を守りたいし、寄り添っていきたい」 今のオレ達の関係は、千ばかりがいつも負担を背負ってる。 オレが未成年で、生徒であることも全部含めて。 あんなことがあったからって、色々疑ってかかるようになりたくない。 それこそ、心まで弱くなった気がして、さも最初から何もなかったというような状態にしたかった。 「千のとなりに堂々といれるようになりたい」 そこまで言うと、千がカチッとタバコに火をつけた。 窓を少し開いて、ふーっと白い煙を吐き出す。 「本当に、お前は俺を困らせる天才だな」 ぼすっと片手で抱き寄せられ、困らせてしまったのだと、謝ろうと顔をあげると、千は諦めたような笑顔を浮かべていた。 「黙って守られてろって言ったけど、ビビって何も言わなくなるよりまぁずっといいよな。 好きにしろよ。リチェールのことは信用してる」 「千……」 ビビってる? うん。千に嫌われるのは怖い。 それでも今の現状はやっぱり嫌だ。 何から守るとか守られるとか、あるわけじゃないけど。 こうやって先に折れてくれるから、余計に千が大人だなって痛感させられる。 なんかオレいつも墓穴掘ってる気がする。 「オレ、ムキになってた。 ごめんね。カズマさんとは絶対連絡先とか交換しないしお店でしか話さないから。 心配してくれてありがとう千」 「ん」 素直にそう謝ると、千は一度うなずくと後には引かずそのままいつもの雰囲気で車を降りた。 離れると自動で鍵がしまるから千はスタスタ歩くけど、オレは心配でピピっていって光るのを確認して千の背中を追いかけ、千の腕に抱き付いた。 「千、大好きだからね」 「はいはい」 「千の嫌いなとこ一つもないからね」 「知ってるっての」 いつもと同じ甘い雰囲気に、ほっと胸を撫で下ろして二人で家に入った。 オレの家の解約まであと3日。 元々そんなになかった荷物の移動はほとんどすんでいてもう本格的な二人暮らしが始まる。 そして冬休みももう終わりに近づいてきていた。

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