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信用
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「ルリ、月城さんと仲直りできたの?」
翌日、オレが上機嫌なのを見抜いてか暁さんがこそっと話をして来た。
「アキちゃん心配してくれたのー?」
「まぁ、それなりに」
「ふふ。ありがとう。
仲直りできたよー。お騒がせしました」
暁さんは手元のフルーツをカクテル用にカットしていて、オレはグラスを拭いていた。
「ルリ、ほら」
「ぅむっ」
名前を呼ばれて顔をあげると、細い指が唇に何かを押し込んできて甘酸っぱい味が口に広がった。
「オレンジ?」
「そう。カットに失敗したから証拠隠滅」
ぺろって指についた果汁を舐めて、まな板を洗い出す。
仕草がエロいんだよなぁ、暁さん。
「あーきら、俺にもねぇの?」
「ないよ。ウザい。どっか行けよ」
ひょこっとやって来た光邦さんを静かに一刀両断して、テキパキと片付けを始める。
でもこれで二人は仲がいい。
「ルリ、今日あの人、来る予定だったんだろ?えーと、ほら。間中さんの同僚の……吉田さん?」
「カズマさん?」
そういえば、今日オレが上がる時間に合わせて早く来るって言ってたのに、まだ来てない。
オレはもうあと15分ほどであがる時間なのに。
「そうそう。一応カウンターに一席開けといたんだけど、もういいかな?」
「うん。たぶん今日は来れなくなったんじゃないかなぁ」
「だよな。あの人明らかにお前目当てだし」
からかうように言われ、そんなことないよーっと笑って返す。
暁さんはさっさとホールに戻ってしまった。
第一カズマさんはあの人オレが男だって知ってるから、オレ目当てで店に来るほどのことはないと思う。
そう思いながら仕事をしてると時間が来て、上がらせてもらった。
「お疲れさまです」
着替えて裏口に向かいながら千に今から帰ることを伝えようとスマホのロックを解除する。
外に出ると、びゅうっと今日も冷たい風が吹いていてスヌードを口元まであげた。
「ルリ」
名前を呼ばれ顔をあげると、そこには何故かカズマさんが立っていた。
なんで?
今からお店で飲むの?
だとしてもここ裏口だし。
「カズマさんどうしたのー?」
雪が降っていて滑らないよう足元を注意しながら駆け寄る。
「今日ルリが上がる時間に合わせて来るって言ったじゃん」
「えっ」
そういう意味だったの?
オレの上がる時間に合わせて、早く来るって意味だと思った。
「ごめん、カズマさん。
オレ電車に間に合わないから…」
「大丈夫だよ。車で送るから」
昨日千と揉めたばかりでそれはさすがに。
どうしよう。
「頼むよルリ。
最近本当に仕事が辛いんだ。話を少しでも聞いてくれ」
悲しそうに見つめられ、う。と言葉を飲んでしまう。
オレが男の人と付き合ってるからって、男の人相手に警戒してしまうなんて、自意識過剰だとは思うけど。
「えっと……ごめん。お店的に外でお客さんに会っちゃダメってオーナーに言われてて……」
どうにか断ろうと口を開くと、カズマさんの瞳が真っ黒に塗り潰したように暗くなっていく。
「本当に、今にも死にそうなんだ……。死にそうなくらいつらいんだよ……」
オレの肩に手を乗せるカズマさんの手は震えていて、こんなに弱ってる人に一瞬でも疑いの目を向けてしまったことが恥ずかしくなった。
ついでにどうにか角が立たないように、こうやって待ち伏せさせるのは困ると伝えよう。
「じゃあ、送ってもらっちゃおうかな」
にこっと笑うと、安心したようにほっとカズマさんが息をついて車の助手席を開けた。
「ちょっと助手席散らかってて。すぐ片付けるね」
紙袋を後ろの席に移動させて、その中から取り出した何かをエアコンに取り付けて「どうぞ」と案内された。
車内はエアコンで暖かく、むわっと甘ったるい匂いがした。
苦手だな、と思いながらも車に乗りこんでシートベルトをつけるとカズマさんも乗り車が発進した。
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