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信用
ゆっくり発進した車は大通りに出て加速する。
行き先を伝えると、わかったと微笑んだカズマさんは疲れてるように見えて少ししてからこう言うのはもういいからねって言おうととりあえずカズマさんの仕事の話を聞いた。
「………今日さ、仕事が長引いてね」
「うん」
「営業先でまた新しい商品説明して、お前使ったことあんのかよって面白おかしく服脱がされそうになってさぁ」
「え!?やだ、大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫。相手も冗談だから脱がされてないし。
けど、なんとなくルリに会いたくてさ」
だからこんなに疲れてるんだ。
ってことは、わざと遅れた訳じゃないのかな。
オレだって、何かいやなことあったらすぐ千の顔見たいって思う。
カズマさんは結婚目前で彼女さんを友達に寝とられて今心の拠り所とかないのかなと思うとなんとも言えない気持ちになる。
「………でもさ、そんな営業先でも、切られたら成績に響くから、キレることも出来ないんだよ。情けないよな」
「仕事にプライド持ってるのは、かっこいいと思うよ。
でも自分のことは大切にしてね」
「……ルリは優しいね」
そんなことない。
オレで優しいなら、千とか純ちゃんの方がよっぽど優しい。
ていうか、うちの店で言うなら、光邦さんとかと合いそう。今度紹介しよう。
「……………っ」
ずっと気にしないようにしてたけど、この車内の甘い匂いキツくないか?
助手席側につけられた芳香剤が直接顔に温風と届けてくるから余計に。
こっそり向き変えていいかな。
車内の暑さのせいか頭がボーッとしてきた。
カズマさんの話をうん、うん、って相槌打つのに必死で、コツンと窓に頭をもたれてしまっていた。
送ってもらっといて態度悪いだろと、ゆっくり体制を変える。
そしてそっと窓の外を盗み見て、真っ暗な風景に道間違えちゃってることに小さくため息をついた。
体調が悪いとかじゃないけど、なんだかすごく体が重い。
「………カズマさん、ごめん。道こっちじゃないよ」
「え?ごめん。そうなの?じゃあ一回大通りに戻るね」
そう言いながらも、見たことないような道は続いて、車内の熱さにしっとり汗をかいてきていた。
暑さのせいなのか香りのせいなのかわからないけど、とにかく身体なんとなく重い。
カズマさんはよく大丈夫だよな。とシートに完全に体をもたれさせてチラッとカズマさんを見ると芳香剤がついてるのは助手席側のエアコンだけということに気が付いた。
「…………カズマさん、ごめん。
車酔いしちゃって、窓開けてもいい?」
ゾッと背中に冷たいものが走って、窓のボタンに手をかける。
でも押しても窓が開くことはない。
たぶん運転席からロックしてる。
「…………ルリさ、無防備だって言われない?」
ああ、いやだ。このパターン。
ふーっと呼吸を整えるように深く息をはいた。
「言われないよ。
……カズマさんのこと、信用してるから。
警戒なんて、しない」
だから裏切るような真似はしないで、と意味を含めてカズマさんを見上げる。
今まで、そーゆー目に合ってきたからって、人を疑ってかかるようにはなりたくなかったし。
疑うくらいなら裏切られて多少痛い目にあいそうになっても、なんとかなると思ってた。
何より、お客さんに怖いことされて、傷付いてるカズマさんが変なことするはずないって油断してた。
「よく言うよ……。さっき俺が辛いから頼むって言ってるのに、警戒した目で見てたじゃん。こんなことするつもりなかったのに……ルリが裏切るから………」
ぶつぶつと呟かれる言葉に、胸がズキと傷んだ。
あの時、オレの警戒心はこの人を傷付けてしまったんだ。
そうだよね。
信頼してた人に、疑われるのって悲しいよね。
これは、オレが蒔いた種だ。
「………ルリ、俺ほんと、最近辛くて」
「うん………」
車が停車したのは、人気も街灯もない真っ暗な駐車場。
こそっとドアを開けようとしたけど、案の定開かない。
かたん、とシートを押され体が傾く。
「彼女に捨てられて、友人に裏切られて、職場で情けない思いしてさ……こんな俺にルリが優しくするから」
カズマさんの泣きそうな顔に、こんな状況なのにどうしても胸がいたくなる。
父さんも、シンヤも、悲しそうな顔をしてオレを抱いた。
オレは人を傷つけてばかりなんだと自分が嫌になる。
傷付きながらも健気に頑張る姿に心打たれたし、この人が早く幸せになれたらって本当に思った。
「……カズマさん、お願い。車から、出して」
ボーっとする頭でどうにか逃げるすべはないかと頭を走らせる。
そもそも、何がしたいのかわからない。
もっと話したいなら、ことを荒げないよう宥めて話を聞くべきだと思うし。
そんなことないと思うけど、憂さ晴らしで殴りたいなら好きにしてくれていいと思う。
でも例えば、それこそ父さんやシンヤみたいに体を重ねたい、とか。
そう考えてぞわっと全身が栗立つ。
ああ、いやだ。
あんなことがあったからって、すぐ犯されるかも、とかオレのこと性的な目で見てるのかな、とか。
普通の男なら思い付かないようなこと思い付いちゃうことがすごくいや。
心まで弱くなってしまったようで。
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