320 / 594

信用

お互いなにも喋らなくなった静かな車内で、段々道が見覚えのあるものになっていく。 「頑張ってすごいって………本当に思ってた………?」 ポツリと話すカズマさんに目だけ向ける。 「思ってたよ」 今日だって、本当に疲れた顔して苦しそうだったから、車に乗った。 ……臆病になってしまったせいで傷つけてしまったけど。 「今でも思ってる。 だから、もうこんなことこれっきりにして今までのカズマさんでいてほしい。 自分を大切にしないと。可哀想だよ」 体がきつい。 千も、オレが自分で招いた結果をいつも被害者ぶって一々泣くから心配が尽きないんだ。 今回も千は心配して怒ってくれてたのに、最後はオレがいつものように押しきってしまった。 外が明るくなってきてる。 千になんて説明したらいいのかわからない。 この期に及んでまだオレは呆れられるのが怖いと思ってる。 オレのことを信用してくれると言ってくれた千も、オレを頼ってくれたカズマさんにも、2人を裏切って傷付けた。 身体が汚いんじゃない。 オレの心が汚いんだ。 どうしてオレは、周りの人を傷つけることしかできないんだろう。 「そこの、コンビニでいい」 千の家ではなく、オレの家の近くのコンビニを通りそこで口を開いた。 帰る前にお風呂に入るべきだ。 まだ薬の効果が持続してるのかボーッとする頭で汚れた体だけはなんとかしなければと考えた。 「………歩くのきついだろ。ごめん。家まで送らせて」 少し様子が変わったカズマさんに、さっきの言葉が少しでも届いていたらと少しの望みをもって家までの道を口にした。 なにより、歩ける気がしなかった。 「………ここ」 「ルリ、あの………」 家について、車から降りようとドアを開いた瞬間、カズマさんに手を引かれた。 苦しそうな顔をして痛みに耐えるように口を開いては、結ぶ。 「………オレ、こんなの慣れてるから大丈夫だよ」 ふっと口元だけに笑みを辛うじて浮かべると、カズマさんが悲しそうに顔を歪めて口を開いた。 「ごめ……っ」 「リチェール」 カズマさんの言葉を遮って聞こえてきた声にビクッと体が震えボーッとしていた脳が突然覚醒するような感覚がした。 振り返ると、無表情だけど静かな怒りをにじませた千が立っていた。 まるで心臓が今までの止まっていたんじゃないかと錯覚するようにドクドクと早鐘を打つ。 千が無言で近付いてきてカズマさんが掴むオレの手を冷たく見下ろした。 「手離せ。こいつは俺のだって言ったよな?」 地を這うような低い声に、ヒッとカズマさんが小さく悲鳴をあげる。 千は怒鳴っても顔をしかめてもいないのに、それでも迫力のある恐さに手が震える。 「……あ、あの……俺、ルリのこと送ってあげただけで……っ」 「送ってあげただけ、ね」 しどろもどろと言葉が途切れ途切れになるカズマさんにたいして、千はいたって静かに返答を返す。 本当に、最悪だ。 オレが浅はかだったばっかりに千にこんなことをさせて。 「…………っ送ってやっただけだよ!!! そんな八方美人の淫乱野郎に手出すわけないだろ!!」 カズマさんの叫び声と共に捕まれていた手を離され体をドンっと力一杯押された。 車から振り落とされ、地面に体を打ち付ける前に千が片手で受け止めてくれた。 そのままドアも閉めないで急発進した車は、呆然としてる内にどんどん離れていった。 "八方美人の淫乱野郎" 毎回毎回同じように犯されるオレは、まさしくそうだと思えてしまった。 薬が抜けず、体も頭も動きが鈍いのに胸ばかりはズキズキと痛んで体は小刻みに震えた。 体が離され、千がオレの顔を無表情のまま見下ろす。 すごく怒ってるときの顔。 「……………ごめ」 パシン ごめんなさい、と言おうとした言葉は頬に走った衝撃と乾いた音にかき消された。 一瞬、何が起きたかわからず、呆然と千を見上げると、病室で目を覚ました時のように苦しそうな顔をしてオレを見ていた。 「___いい加減にしろ」 冷たい雪がハラハラと頬に当たって、雫となり落ちていく。 それまで叩かれたことを理解することもできず固まってしまっていた。

ともだちにシェアしよう!