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選択
佐倉の手を退かして、潤んだ瞳で原野がにらんでくる。
「てかさ、月城。ルリと別れたの?」
突然の訳のわからない言葉にはぁ?と聞き返す。
「ルリ、なんか月城にもう捨てられたみたいな言い方だったけど」
「………っあの」
バカは。
喧嘩しても離れることはないって、何回言えばいいんだよ、俺は。
「別れるなら、心配してわざわざ純也を貸してとか電話してくるわけないじゃん。それより落ち着いてもう一回思い出してみて。ルリくん他に何か言ってなかった?」
佐倉の言葉に原野も納得して口に手を当てて考え込む。
「……あ!ルリ、迷子がどうのとか、この間のモールがどうのとか言ってた!」
思い出したように突然顔をあげる原野の言葉に、ようやく話が繋がった。
「……あぁ」
「なに!?わかった!?」
あゆむだ。
リチェールと離れるのが寂しいと泣く迷子の女の子にリチェールが携帯番号を教えていたことを思い出した。
「………ここから一時間以上はかかるぞ」
「それだ!ルリが二時間待ってから向かえって言ってた!」
モールだとしてあの広い人混みも多い場所にリチェールが女の子を一人でむかわせるだろうか。
「そこの近くの有名な建物?なんか聞きだしてた!」
まぁ、あゆむだとしたら大丈夫だ。
公衆電話から連絡するってことは外だし。
リチェールは、腹を刺されたときも崖から落ちたときもそうだけど、自分のことは顧みないで人を庇ってばかりだ。
でも今回はあゆむだから、そばを離れないだろうし、だとしたら危険に背負うような真似はしないだろう。
それにあいつはなんだかんだ言って、賢いし機転もきく。
「原野、大丈夫だ。
それなら本当に危険なことは早々ない」
リチェールと離れて寂しいと泣くあゆむを警備員に任せて、離れたときリチェールの瞳からも涙がこぼれた。
あいつは自分が何もしてやれないことを理解して、警備員に任せたけど、本当は自分がそばにいてあげたかったんだろうといたいほど伝わった。
たぶんそれは、当時の自分に重ねてる部分も大きいんだろう。
「危険なことはない?でも助けてってなんだよ!?」
切羽詰まったような原野を佐倉が宥める。
イギリスの一件以来、原野は以前よりリチェールに一層執着していると佐倉がぼやいていたのを思い出した。
「千くんが大丈夫っていうなら大丈夫でしょー。
純也さぁ、酷い言葉言っちゃったあとだから余計に今不安なんだよ。落ち着けって」
いつもの調子で佐倉がへらりと笑い原野の頭をぐりぐりと撫でた。
「あのね純也、ルリくんのために言ったのはわかるけど、あくまでも、ルリくんは被害者だよ?
悪いのはルリくんを傷付けた人なんだからルリくんが自分を大切にしない分、純也は優しくしてあげなきゃ」
「だって…!」
「だって、じゃない。大体、逆の立場で考えてみろよ。顔見知りの同性に死にそうなくらい悩んでるから話を聞いてくれって言われたら、純也は断れる?
襲われるかも、なんて想像普通しないだろ。
被害に遭った結果だけ見て、被害者側にも非はあったなんてひどい言葉だと思うよ」
「………っ」
「ルリくんなんてさ、一番大好きな千くんに捨てられたって勘違いまま、純也にも愛想つかされるかもってわかった上で今悲しんでる女の子のもとに駆けつけちゃうような子だよ。
あの子の心の痛みを純也が一番に寄り添ってあげないでどうするの。
こーゆーとき怒るのは千くんの役目。わかった?」
優しく諭すような声をしながらも、心を鬼にしてリチェールのために厳しいことを言ってしまったと泣く原野に言うにはひどい内容だ。
生徒に甘いイメージだったけど意外と佐倉の性格は厳しいらしい。
原野はぐっと下唇を噛んで黙り混んでしまった。
「原野、そんなに落ち込むな。
リチェールのために言ってくれた言葉だってあいつもちゃんとわかってると思うし、俺のフォローしてくれたんだろ?ありがとう。リチェールの友達がお前でよかったよ」
そう言うと、原野が泣きそうな顔で少し顔をあげ、またうつ向く。
純ちゃん可愛い、純ちゃん大好き、とか普段散々いってるくせに、その原野にこんな顔させてんじゃねぇよ。ばかリチェール。
さっきの、佐倉の言葉は俺にも刺さっていた。
リチェールの頬を叩いてしまった感覚が手にいつまでも残って消えない。
抵抗もしないでひたすら絶える体は震えていて、その小さな体を後ろから顔も見ないでヤったことを今更ながらに後悔していた。
怖がればいい。もっと男を。
すぐ平気なふりをして、自分の痛みには鈍感だから、よく自分の弱さをわかればいいとあの時は感情的になってしまったけど。
リチェール、お前、あの時どんな顔してた?
そんなに傷だらけの体で、お前は今度なにを守ろうとしてんだよ。
ふーっと落ち着かせるように息を吐き、長い前髪を後ろにかきあげた。
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