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選択
あゆむside
途中で切れてしまった電話に、ルリが切ったのかなって不安になってルリには二時間待ってからって言われたけど、そのまま公民館にむかった。
だってお家には帰りたくない。
少し歩くと、約束の公民館が見えてきてドアの前の小さな段差にちょこんと座る。
二時間ってどれくらい?
暗くなるまでにはルリ、来てくれるのかな?
すぐ帰るねって言って戻ってこないお母さんを思い出してぎゅっと膝を包んだ。
お父さんがまたお酒を飲んで泣き出してしまったから、悲しくて部屋にいた時のままの格好できてしまった。
寒いな。
一回、お家にジャンパーとりに帰ろうかな。
でもその間にルリが来てしまって帰っちゃったらやだから、はーっと息で手の温めた。
ポケットから、ヘタな絵が描かれたメモを取り出してまたしまう。
ルリからもらったメモは毎日ポケットにいれて、本当に本当に悲しくなったらかけるんだって30円とこのメモをお守りみたいに持っていた。
じわっとまた涙が出てきて、慌てて手でおさえる。
泣いちゃダメ。ルリを困らせちゃう。
いい子にしてなきゃお母さんが帰ってこなくなっちゃうし、お父さんだってまた泣いちゃう。
ルリ、お願い早く来て。
あゆのことよく頑張ってるね、偉いねってまた抱き締めてほしい。
すがるような思いで門を見ていたら、しばらくして絵本に出てくる天使のような綺麗なお日様色の髪が見えて立ち上がった。
ルリはあゆにはまだ気付いてなくて、腕時計を見てホッとしたように息をつくとポケットからスマホを取りだしどこかに電話しようとした。
来てくれた。本当に、来てくれたんだ。
たまらず、ルリの元にかけより抱き付いた。
「え!?ごめ、あ、あゆむちゃん!?」
ルリがビックリした顔であゆを見る。
「……ルリ………ルリぃ………っ」
ずっと我慢してた涙がボタボタ溢れてルリのズボンを汚してしまう。
違うんだよ、ルリ。
あゆ、我慢してた。ずっと泣くの我慢してたの。
「ごめんね、先についてたのー?もしかしてすぐ向かっちゃった?」
相変わらずゆっくり優しく喋ってくれる声はあゆを暖かくしてくれる。
「あゆむちゃん、とりあえずオレのジャケット着て。ごめんね、寒かったでしょー?」
お外に出るときの格好じゃないあゆを見てルリは自分が着ていた上着をあゆにきさせて、手が出るように丁寧にまくってくれた。
そのまま、わっかになってるマフラーも首に巻き付けてくれる。
「これねー、オレの超大事なスヌード。
可愛いあゆむちゃんには特別に貸したげるねー」
「ルリ………っ」
へにゃって優しく笑うルリを見ると、胸がぎゅーってなって、涙がどんどん出てきてとまらない。
ルリは困ったように笑ってあゆをだっこして、自動販売機でココアを2つ買ってベンチにあゆをだっこしたまま座った。
ルリの体はほんのり温かくて、いい匂いがする。
「……わがまま言って、困らせてごめんなさい………っ」
ちゃんと謝るから嫌いにならないで。
ルリにお願いするようにぎゅーってすると、またルリが優しく笑ってあゆの背中を撫でてくれた。
「わがままってなーに?
困るわけないじゃん。あゆむちゃんがオレに会いたいって言ってくれて嬉しいよー。
あゆむちゃん、電話してくれてありがとう」
ビー玉みたいにきれいな色の目が優しくあゆを映す。
ルリに電話してよかった。
「あゆちゃん細いねぇ。
今日はご飯ちゃんと食べたー?」
ルリだって、すっごく細いと思う。
ご飯ちゃんと食べてる?ってたまに聞かれるけど、なぜかお父さんやお母さんを責めるような言葉に聞こえて嫌いな質問のひとつだった。
「食べたよ。飴とチョコと、えーと…」
「わー。美味しいのいっぱいだねー。よし、ご飯食べに行こう」
ルリはスッと立ち上がり、あゆの手を引いて歩き出す。
お腹、空いてないのになぁ。
「せっかくあゆちゃんに会えたから、デートしたいな。
オレのわがままに付き合って?」
「……っうん、うん」
ルリの言葉は、すごく心地がいい。
着せてくれた上着は暖かいけど、ルリの中に着ていたふわふわの服は首が大きく開いてて寒そう。
ごめんねっていったら、ルリは寒くないよって笑ってくれる。
お店の中に入ると、あゆにあれは好き?これは好き?とごはんの写真を見せながら聞いてきて、悩んでると、ハンバーグもオムライスもプリンものった、旗の刺さったものをこれにしようって決めてくれた。
あゆのごはんとルリのご飯が来て、二人でおいしいねって笑って食べる。
こんなの、いつぶりだろう。
ルリは半分くらい食べて、口を押さえると、ごめんねって言っておトイレに行ってしまった。
戻ってきたルリはまた優しく笑ってあゆのためのジュースをいれてきてくれる。
プリンまで全部食べ終わると、ルリがミルクティーを飲みながらゆっくりお話を始めた。
「あゆむちゃん、どうして泣いてたの?」
「………泣いてない」
そう言って下を向くと、ルリがふって困った顔して笑う。
あゆが泣くと、なぜかいつもお父さんが責められる。
みんななにもしてくれないのに。
お父さんだって毎日泣いてるのに。
「あーゆちゃん。オレ大好きなあゆちゃんが泣いちゃうの悲しいな。
頑張りやさんでお利口さんなあゆちゃんが泣いちゃう理由教えて?」
「………お父さんは、悪くないもん」
「うん?そりゃこんなにかわいいあゆちゃんのお父さんなんだからきっといい人なんだろうねぇ。
お父さんと喧嘩しちゃったの?」
うん。いい人。
あゆのお父さんは、いい人なの。
ルリは他の大人とは違う気がして思わず顔をあげた。
いつもにこにこ優しく笑ってくれる顔があゆの心をどんどん暖かくしてくれる。
「お母さんが出てってから、お父さん毎日あゆにごめんね、ごめんねって泣くの。
でも、お酒はやめてくれなくて、しばらくするとなにも言わなくなるの」
「うん…」
「でも、お父さんは優しいよ。
あゆ、お父さんのこと大好きだもん。
お母さんが帰ってきたら、全部全部元通りになるから……っ」
それまでの我慢なの。
そういい終わるまでに、今日ついに我慢できなかった悔しさもあってまた涙が出てしまった。
泣いたら余計にルリを困らせてしまうのに。
ルリはそっか、と小さく呟いてあゆの涙を優しく柔らかいハンカチでおさえてくれた。
「お父さん、こんな優しい娘がいて幸せ者だねぇ」
ほら、ルリはお父さんひどいねとか言わない。
あゆのことを可哀想だとも言わない。
「……ルリ、あゆのお父さんに会って?」
学校の先生や面白おかしくあゆの家の話ばかりする近所のおばさんとか、お父さんに会わせたくなかったけど、お父さんに会ってほしい。
「……お父さんに優しくしてくれる人誰もいないの。
ルリ、お父さんに会って……」
ルリ、困るかな。いやかな。
ルリの返事が怖くてぎゅっと手を握るとその上から手を重ねられた。
「お父さんに会わせてくれるの?
嬉しいな。あゆちゃん、ありがとう。
じゃあ今からお父さんへのお土産のお菓子選びに行こっか」
ルリは、あゆのお願いをまるで自分がお願いしたことのように言ってくれる。
ルリがいやだって言うはずないって本当はわかってたのかもしれない。
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